【松浦だるま】誘 -いざな-

誘 (星海社FICTIONS)


累 -かさね-」という漫画の外伝にあたるお話の小説です。漫画の累は現在も連載中でして、ちょう面白いんですよこれが。
本日のコチラ「誘 -いざな-」。漫画の主人公、かさねちゃんのお母さんであるいざなさんの出生が語られた、過疎化が進む寂しい村で起こったミステリアスでホラーちっくな事件のお話です。
漫画のスピンオフ作品という事でいきなりこれから読み始めるのは勇気がいる行為ですが、これが実に悩ましい!時系列的に一番過去のお話で、そしてこのお話単体で完全に成立していますので読んでも全然問題ないんですよ。むしろ漫画を知らない方がこのシリーズの象徴とも言うべき秘密に初めて遭遇する事になって、古い因習にとらわれた村や住んでいる人々の不気味な雰囲気がより一層怖く楽しめる気がするんですよ。漫画本編ではこのお話の主人公、いざなさんがいつごろ何をしていたのかを謎としてちょっとだけ明らかにしていますが、おかげで小説を読んでいる途中で未来がふと見えてしまう瞬間があるのはどうしても仕方がないのです。でも待てよ私、とここで一つの疑問が生じます。逆に小説を先に読むと、漫画を読んだ時の新鮮味が同様に失われてしまうという事ではなかろうか。どちらが先かは実に悩ましい問題だ!でも両方読み終わっちゃった自分はもう関係ないもんね!
お話は人も少ない辺境の村で、一人の女性が子供を産むところから始まります。出産は極限られた者だけの間で行われ、妊婦の存在も出産の事実も完全な秘密とされました。この村では古くから伝わる伝承があって、“丙午”の年に生まれた“女児”で“醜い”顔したものは鬼女の生まれ変わりであり災いをもたらすため、直ちに殺さねばならないというものです。丙午の年に産気づいたこの女性は醜悪な外見をしていて、その子供である女児も容姿に恵まれないだろうという事は分かり切っていました。不細工には生きる権利すら与えられない世の中なのです(なんて世の中だ!)。出産が秘密裏に行われたのも、全ては生き残るため。存在しないはずのこの赤ん坊は“いざな”と名付けられ、人知れず山奥で育てられるのでした。やがて長い年月を経て村の因習といざなという矛盾した存在に限界が訪れたとき、奇しくも伝承になぞらえた事件の幕が上がることになるのです。という感じのお話。
いきなり人生ハードモードで開始するのはいざなさんも、そして小説の何年後になるかようわからんけど娘のかさねちゃんも同じなんですよね。親子揃って醜い容姿に翻弄されるのは人生の通過儀礼としか言いようがありません。醜さゆえ殺される恐れから人里から隔絶された暮らしをしたお母さん、逆に醜い容姿のまま学校生活に特攻して殺されそうな思いをした娘ちゃん。漫画ではお母さんの方が数段辛い生活だったような事が書かれていましたが、娘ちゃんも負けず劣らず過酷な経験をしていますよこれは。
ちなみに小説のお話は伝奇ホラーなお話ですが、漫画の「累 -かさね-」は演劇を題材としたかさねちゃんの成長物語で違った雰囲気のお話です。大きく開いた口、鋭い目つきという醜い容姿で決して舞台の主役にはなれないのに、驚異的な演技の才能と凄まじいまでの演劇への憧れで、女優への道を模索し続ける苦悩が描かれます。もうね、美しい女優が羨ましくて羨ましくて、嫉妬で歯を食いしばり人を射殺さんばかりに睨みを利かせて物凄い表情をするんですよね。物凄い苦境にいつも身を晒されながらも、怨念レベルの演技への執着で生き抜く姿のなんと美しい事か。あと恨み狂わんばかりに歪んだ顔のかさねちゃんは、なにげにカワイイのです。最近の漫画のお話では本来のかさねちゃんの出番がなくてとても寂しいのです。(ただいま単行本5巻あたり)
顔が醜いときは心が清らかと言うのが良くあるセオリーですが、このシリーズは主人公が特別心が綺麗と言うわけでもありません。顔も心も醜いかもしれませんが、懸命に人生を生きるその姿はいつだって美しいのです。