【松浦だるま】漣の糸 (累 13巻 特装版 収録作品)

累(13)特装版 (プレミアムKC イブニング)


小説単体ではないので少々変則的ですが、漫画の"累"13巻の特装版に書き下ろしの短編小説が収録されています。
「漣(さざなみ)の糸」と題された60ページほどのこちらのお話ですが、本編の漫画で言うと11巻で主人公のかさねちゃんが海辺の岸壁にやってきて、思わず飛び降りそうになった時にお母さんの最後の言葉を思い出した、その直後を描いています。漫画内でも最終章へとお話が大きく動いた重要な場面であり、なぜ絶望の中にいたかさねちゃんが思い止まりもう少し生きることを選んだのかという大きな謎を読者に伏せたまま次の場面に移るという、めっちゃ続きが気になるけど悶えながら読者は待つしかなかった印象深いシーンでもあります。
ただ漫画本編しか読んでいない人向けに誤解がないように言っておきますと、この漣の糸を読まないとお話の謎が明かされないという事は全然なく、その前の漫画内でしっかりと答えは描かれていますので変な心配は無用です。逆に本編に大きく影響するような新事実はなく、あくまで今まで出てきたお話や伏線など読者が知っている話をもう一度なぞり補完するような感じのお話でした。むしろ外伝として出ている小説の「誘 -いざな-」の続きにあたるお話のような印象を持ちましたかね。
本編の主人公かさねちゃんのお母さん、いざなさん。外伝小説で出生と住んでいた村を出た理由が描かれていましたが、その後かさねちゃんを生んでからのいざなさんのお話を知ることが出来ます。漫画本編では回想という形でいざなさんは出てきますし謎もあらかた明らかになっています。でも漫画はかさねちゃんのお話なのです。同じ場面が描かれてたとしても、小説はいざなさんのお話なのですよ。
いざなさんがかさねちゃんを生んで零日、いざなさんが母親となった戸惑いと恐怖を綴っていく場面からメインのお話は始まります。(崖の上のかさねちゃんについては凄く短いので割愛!)
漫画ではいざなさんは娘のかさねちゃんをとっても愛しているような印象を受けましたが、小説では娘のことを心の中で「このひと」と他人のような呼び方をしていた事に少々驚きました。しかしそれは特別変な事とは感じさせず、劣等感や羨望、諦観、憎悪、とにかくいろんな激しい感情を心の内側に押さえ込んで舞台でも実生活でも区別なく演技をし続けると言いう狂気じみた生き方を生々しく描写していきます。いやほんとやばい。(語彙力低下中)
ただこのお話がどんなに陰鬱としていても心に響く余韻があるのは、いざなさんは娘のことを本当に愛していたと力強く示してくれたからではなかろうかと思っています。娘から母親への恋しさは漫画で描かれていますが、母親から娘へも深い想いを抱いていたという事が小説によって描かれ、繋がりました。
漫画ももうすぐ最終回。この小説を読むと母親と同じ足跡をたどってきたかさねちゃんが、お母さんの足跡のその先へ本当の自分で飛び出していくような、そんな未来を予感させます。もがき苦しみながらも一生懸命前に進むその姿が、私はとっても好きですし美しく思うのです。