【森博嗣】スカイ・クロラ

スカイ・クロラ (中公文庫)


好きな本 ぼしゅう4月のコメントより。

>紹介したいのは「スカイクロラシリーズ」です。映画にもなったそうなのですが、残念ながら私は見ていません。
小説版のほうは、戦闘機の空戦が幻想的、詩的に書かれており、登場人物の薄さも相まって、幻想的な世界観が構成されていた・・・・かな?シリーズは時系列的には繋がっており、スカイクロラ(映画になった部分)は、シリーズの中でも最後のほうです。ゆえに、シリーズ一通り読むとしても、スカイクロラを最初に読むのか、時系列順に読んでいくのか、で分かれますかね。また、本の内容関係ないですが、文庫版の表紙のデザインが良いと思いますね。単色一色で、無駄がないというか。


mxthさん、おすすめありがとうございます。スカイクロラシリーズという事で、刊行一作目の「スカイ・クロラ」を選んでみました。読む順番に多少意見が分かれているみたいですけど、迷った時は刊行日が古い順から読んで行けばいいんじゃいと個人的偏見でのチョイスです。
作者の森博嗣さんですが、私は「すべてがFになる」から「有限と微小のパン 」までの所謂S&Mシリーズというミステリー作品をだいぶ昔に読んだことがありました。理系ミステリとか言われていて、徹底的に密室に拘った作品だったなぁ…という程度の古い記憶です。刊行している他の作品もミステリーが多い印象だったのでしたが、今回のスカイ・クロラはどう見ても密室ミステリーじゃないので、どんな雰囲気のお話になるのかちょっとドキドキでもあります。
そんな感じで本日はこちら「スカイ・クロラ」よりお送りします。
お話の舞台はどこなんでしょうか。一見すると私のいる世界と同じかまたはその近くのようでして、戦闘機乗り達の周囲から窺える景色は、見たことがありそうな服装、知っているような生活習慣、どこにでもありそうな人間関係と、異質な感じを持つものは特に見当たりません。まぁ戦争をしているっていう大きな違いはありますけどね。
補充要員として新しい基地に配属されたカンナミ・ユーヒチの目を通して、基本的にお話は語られていきます。彼は読者と違って戦闘機乗りとしての経歴もそれなりに長く配置換えの経験も多いため、当たり前過ぎることや見慣れ過ぎている事柄に関しては今さら言及されることはほとんどありません。戦争の準備はしていますけど敵国が何者なのかを一々確認したりしませんし、戦闘機に乗って何度も出撃しますけどどうして命のやり取りをしているのか思い返したりもしません。何が何だか分からないと言えば分らないのですが、慣れ親しんだルーチンワークを淡々とこなしているような安心感もあって分からない世界であっても何も気になりません。むしろ余計な情報が無い分澄み切った静けさがあり、戦闘機で空を飛んでいるときはそりゃもう晴々して広々して気分が良いんだわこれが。読者が意識を向けたときだけエンジンの振動を感じて、機銃の掃射音が聞こえてくるわけでして、敵機が墜落していく様を見てもどこか他人事のような気持ちで眺め続けられます。この感覚と切り離された風景に静かに見入る気持ちになることが、幻想的だと感じる理由なのかなと思いました。
こちらは推理ミステリーではありませんがお話というものは大なり小なりミステリー要素を含んでいるものでして、今回のお話も少しずつ明かされる秘密から次第に見えてくる世界観に興味が引き込まれていきました。カンナミ・ユーヒチは戦闘機乗りとしては非常に若く、そして基地ではそれが珍しいことではないという事。いなくなった前任者と自分の上司の間に仄めかされる暗い噂話など。起きる、飛行機に乗る、敵機を撃墜する、帰還する、寝る、繰り返される日常は同じようで、お話が進むにつれて確実に変質していきます。
そして最終章で訪れる最高潮の緊張とここにきてより多く明かされるようになってきた秘密への戸惑いが合わさって、脳の処理能力もフル回転で引き込まれるクライマックス!なんだなんだそれはいったいどういうことなの?と興奮も冷めやらぬうちにお話は終わりを迎えます。な、なんてことだ。他のシリーズを読んでいませんが、今回私が体験できた面白さはネタバレが無かったからこその驚きの結末だったと思っています。時系列的には最後にあたるらしいスカイ・クロラをもし最後に読んだら、過去のお話である他のシリーズを読んでいる途中でネタバレを見るか余計な情報を沢山知ってしまって、こんな気持ちは体験できなかったのではと疑ってしまいます。スカイ・クロラを選んで、少なくとも全然後悔はしていませんね。