【森川智喜】キャットフード

キャットフード (講談社文庫)



ネコとネコが化かし合いの心理戦を繰り広げるちょっと変わったミステリーでございます。
ミステリー小説っていうものは突き詰めればそりゃまぁゲームブックみたいなものでして、人が死ぬことについての道徳や葛藤なんてものには何の意味もございません。また人間の命なんてものはスナック菓子のように軽く、被害者になる人間は母親からではなくトリックの都合から産まれます。世の中の不条理に嘆いていても今さらしょうがありません。大事なのは今、殺人鬼があなたの傍にいるかもしれないという事です。まずはルールの説明でございます。
お話の主人公は化け猫のウィリーくんです。まぁ妖怪の類みたいな存在ですが、昼間は野良猫っぽく世話好きの人間から餌を貰ったり、夜は野良猫の集会に顔を出して喋れるだけの他の猫とニャアニャア言い合ったりするファンタジーな存在として描かれています。彼は顔馴染みの人間に混じって一緒に旅行に行こうと計画を立てていました。
ところが旅行先の小島で見かけたのはウィリーくんと同じ化け猫仲間。実はこの島の施設は猫界のビジネスシーンで一旗を揚げようと立ち上げたばかりの缶詰工場だったのです。材料は流通が少なく今後の発展が大いに予想される人間のお肉。旅行にやってきた高校生仲間の4人はその材料だったわけですね。これではウィリーくんの計画も台無しです。缶詰工場のネコも人間の中にウィリーくんが混じっていててんやわんやです。同じネコ同士、法律を守らないとビジネス社会で信用を無くしますから手荒な真似は出来ません。ちなみに人間はどうでもいいです。
ウィリーくんは顔馴染みの人間をなんとか助けてあげたい、工場のネコは新規事業のスタートで躓きたくないからどうしても人間だけを捌きたい。4人の中に1匹だけ混じったウィリーくんを見分けられれば工場のネコの勝ち、2泊3日の旅行を終えて人間を本土に戻せればウィリーくんの勝ちです。それではゲームの開始でございます。
読者にはウィリーくんが誰に化けているか分かっていますので、あれこれ仕掛けてウィリーくんをあぶりだそうとする敵ネコ側の罠でボロを出さないように必死に知恵を働かせることになります。敵の罠を見破ったら終わりじゃありません、罠を理解しつつ不自然じゃない行動をさらに探らなければならない非常にスリリングな攻防です。
しかもゲームが後半戦に入ると名探偵なんてものが工場のネコ側に追加され難易度がさらにアップ。探偵は高校生の人間なのですが、何を推理するかと言えば当然の如く4人の中に混じってるウィリーくん!ネコに人間が捕まって処理されようとも人間&ウィリーくん側にピクリとも肩を貸そうとしないとってもフェアな探偵です。最低だこいつ!
化け猫のウィリーくんは同族のネコも手荒な真似はしたくないし、顔馴染みの人間たちも助けてあげたいと思いやりのある描かれ方をしているのに対して、探偵の三途川(さんずのかわ)くんは思いっきり敵ネコ側に肩入れしていてギャップに笑います。
ミステリーの醍醐味と言えは最後のどんでん返しです。ウィリーくんvs工場のネコ&外道探偵の対決は最後の最後まで気を抜くことが出来ません。勝つのは果たしてどちらなのか。社会ルールを守っているせいでどことなくコミカルになっているこの化かし合いに、ところどころ笑いが漏れてしまいました。