【前田司郎】夏の水の半魚人

夏の水の半魚人 (新潮文庫)


出会いはいつもなんとなく。大抵は表紙の絵とタイトルの雰囲気に惹かれてでしょうかね。
そんで次は裏のあらすじを眺めます。うむ、よくわからん。じゃぁ買いましょう。あらすじを読んで内容を想像できる物なんてつまらんじゃないですか。だからそれでいいのよ。
「夏の水の半魚人」、今日はこれを読むことにしましょうか。
主人公は小学5年生の男の子。魚彦なんてちょっと変わった名前をお母さんから付けられた。お母さん曰く、初恋の魚(ハマチ)からとった名前らしい。なんのこっちゃ。お母さんはともかく普通の小学生である彼の、毎日の出来事を淡々と綴るお話です。
最初、お母さんから自分の名前の由来を教えてもらうお話から始まるのですが、実家の生簀で養殖していたハマチとの出会いから語ったと思えば何故かその内の一匹と恋仲になりやがて悲しい別れを迎えるという、なかなかパンチの効いたエピソードが繰り広げられます。そのおかしな人間に好かれたハマチの、戸惑いや死に際の苦しみを含んだ最後の一言が切なく、物悲しいです。わぉ、君のお母さん、だいぶヘン。おかげで私の心もだいぶ奪われましたけどね。(//
でもそんなお母さんも魚彦くん日常の一つにしか過ぎなくて、ふらりと顔を見せてはすぐにいなくなります。あくまで主役は魚彦くんの日常ですからね。家に帰れば会えるんだし、そのうちまた出てくるんじゃないでしょうか。そんなノリ。
小学五年生の日常は私にとってはもう昔の事ですが、この本を読むと私は魚彦くんと同じように学校に通い、登場人物のクラスメイトに紛れて一緒になって遊ぶ、その場の空気を感じていたように思えます。学校にはいろんなやつがいたなぁとか、その中で楽しかったこともあったけど息苦しさもあったよなぁとか、思い出し方すら忘れてしまったような思い出が次々と蘇ってくるようです。そうでなければ授業中の先生に対してクラスメイトと一緒にイライラしたり、小学6年生の上級生に対して本気でビビったりするはずがありません。そ、そうだよ私もいい大人ですもん小学生なんかホンの子供じゃないか。それにしても怖ぇな上級生…。
魚彦くんは最近転校してきた海子さんが気になるものの、自分の気持ちを持て余し気味でちょっとグズグズ。仲の良い友達と一緒に遊んでいるときも、思い通りに目立てなかったりしたときイライラする気持ちを上手く扱えなくて赤ちゃんみたいな癇癪を起したり。痛い時期真っ盛り、そうやってこれから大きくなっていくんだよ的な小学生ライフが綴られていきます。ついでに言うとこっちにもダメージが来るんですけどね。グッハァ! クラスメイトの描写は誰もがどこかしら悪い部分が書かれていて、男子も女子も子供の純粋な目線で見ることが出来るよう。みんなには人気だけどちょっと調子乗ってる嫌な奴とか、女子のいじめの実態なんかも聞こえてきて、子供の人間関係もシビアです。
一応もう一人のメインである海子さんだって、背が高くて大人びたクールビューティーなのにお股が緩いという哀しき宿命を背負っています。いきなり野ションの場面を魚彦くんに見られるという鮮烈なデビューをしますが、出しているものを途中で止めるわけにもいかず、ただただ悲しい顔をするしかなかった海子さんとその場の空気は察してしかるべし。私も悲しみに涙をただただ流す事しかできません。放尿系女子…これは流行らない…。だからその後何度かお漏らししちゃってクラスから少し孤立しちゃうのも仕方がないって話よ。それでも教室にいられるこのクラスに少しだけ優しさを感じます。
初めはお母さんの変なエピソードで妙な気を持たされましたが、不思議な出来事をぐいぐいとそこまで押してくるようなお話ではありませんでしたね。センスがとっても好きなだけ少し残念。もはや場面がシュールな絵画のような味わいを残し、魚彦くんの小学五年生の日常はぷつりと幕を下ろして終わりです。魚彦くんの思い出をちょっとだけ覗けた感じ、のお話ですかね。