【白河三兎】プールの底に眠る

プールの底に眠る (講談社文庫)


本日の適当セレクション。なんとなく目に入りました。あらやだ奥さん、2009年のメフィスト賞受賞作品ですってよ。
ミステリーっぽい作品が多いけど、別にそういう賞というわけでもないバラエティ色溢れるメフィスト賞。個人的には好きな賞です。そんな感じでこちら「プールの底に眠る」よりお送りしていこうかなと思います。
お話は一人の男の、なんだかよく分からんあやふやな独白から始まります。眠れない夜はイルカを想像すると落ち着くとかなんたらかんたら…、自分の世界に入りすぎて私置いてけぼりのポエムでなかなかの好スタート。男どころか私の気分まで落ち着き過ぎ始めるのを辛抱して読んでいくと、一人の女性との思い出話がちらりと顔を覗かせます。もう13年も前の出来事で、たぶん高校生だったその男と一人の少女との素っ気無くも親しげな会話の一場面です。男は少女と13年前に知り合い、そして何かを失って哀しい別れを経験したことが仄めかされます。やがてお話は男の記憶の中、13年前の過去へと戻ることになりました。
13年前に男(青年)は裏山でエロ本を破棄している最中、一人の少女が木の上に立ってこちらを見ているのに気が付きます。少女は今ここで首吊り自殺するところだったのですが、雰囲気をぶち壊されたせいで急遽取り止めにしたのでした。代わりに青年にへ、自殺しないよう私を説得しなさいと無茶な絡み方をする少女。なんだかよく分からないまでも、ひとまず一緒に裏山を下りようと提案する青年。奇妙な青年と少女の、奇妙な出会いの場面でした。
少女の無理やりなお願いで、青年はイルカさんという名前に、少女はセミという名前で呼び合うことになります。ほうほう、物語の冒頭の独白で振り返りたかった過去というのはこのセミという女の子と自殺というキーワードなんだな、というのがとりあえず判りました。そして無理やりだけども自殺を止めるよう説得するハメになっているわけです。しかしこの物語、ここに来るまでに目次の部分でどんな章構成になっているか目にする機会があるわけですけど、序章と終章の間には【一日目】【二日目】と続いて全部で七日の章が挟まっているだけなのです。たった七日ですか。七日でこの少女とのお話は終わり、青年は何かを失って13年後に悩んでいる…。青年と少女の出会いの場面だけ見れば、どこか和やかな会話が交わされてあれやこれや未来の想像をしたくなりますが、ちらりと読者が目にしてしまった残り時間はあまりにも短すぎます。
このお話は雰囲気の作り方というのが非常に上手でして、どこか非日常的な場面が次々と訪れても読んでいるほうはすんなりと受け入れてしまっているさり気なさがあります。例えば青年と少女の会話は仲良さ気ですけど、傍から見ればグッハァ!ロマン溢れて演技してるみたいなクッサイ会話!となるところなのに、あらやだ…ステキ…と気を抜くとうっとりしてるさり気なさです。幼馴染の由利さんとか男気溢れてて良いキャラクターしています。関わりたくねぇ…。
作品の雰囲気的にはミステリーというよりミステリアスみたいな感じなんですけど、子供のころに事故で死んだクラスメイト、裏山に捨てたエロ本、近所のゴミ屋敷というような、話の流れでたまに話題になる物事が意外な形で次々と結びついて明らかになっていったりします。裏のあらすじの言葉を借りれば、切なさと驚きに満ちた道中となっています。
正直言いますとお話しの方はぼーっと読んじゃってぽかんとなっていた部分はあります。ただお話の雰囲気のほうは何とも言えない静けさと心地良さがありまして、とても好みの時間を過ごせたように思えます。七日で終わると知っている読者を尻目に、イルカ青年とセミ少女のラヴぃ交流はのんきに過ぎていくのですよ。あっという間に日にちも過ぎて少しはらはらするんですが、七日目と終章で本の半分くらいの量が残っているからね。何かが起きるのはここしかないって事ですよ。
爽やかな読後感で気持ちよく本を閉じることができ、私はこの青年に向かって「人生オシャレに上手くいきやがって!羨ましいよー!」と捨て台詞をはいてお話を後にするのでした。終わり。