Girl With a Pearl Earring (15日目くらい)

Girl With a Pearl Earring


好きな本 ぼしゅうのコメントより。
>さて、私があまりつっかえずに読めた数少ない洋書の1冊をオススメさせていただきます。"「Girl With a Pearl Earring」 Tracy Chevalier" 日本でも有名なフェルメールの「真珠の耳飾りの少女」という絵がどのようにして描かれたか、を著者のシュヴァリエさんが想像して描いたフィクションです。私はもともとこの絵が好きだったこともあって楽しく読めましたが、興味のない方にはどうかな……という不安もありますが、英語が易しくて、スラスラ読めたのでとても嬉しかったです。もしお時間があったら読んでみてください。今のクリハラさんには簡単すぎるかも?(笑)


りおさんからおすすめの本を教えていただきました。ありがとうございます。
近頃は英語のお勉強代わりに洋書を読むようになってまして、その辺を慮って頂いた上でのセレクションですね。ですので日本語訳版ではなくて英語の原書で読む必要があります。───こいつは長い戦いになりそうだ!
という感じで今回読みました本はコチラ「Girl With a Pearl Earring」。紹介者さんのご説明にあるように、17世紀頃のオランダの画家 フェルメールの作品の一つである「真珠の首飾りの少女」を題材にした、フェルメール一家と一人のメイドさんとの奇妙に拗れた人間関係がお話として描かれています。本文の英語は特別難しいものではありませんでしたが、そもそも洋書の"簡単"はスタートラインの感覚が違うからねー。ばっちり四苦八苦しましたよもー。超頑張った私。感想用に結構丁寧に読んではいたけど、それでもかなり気合を入れて読み進めても15日ほどの時間が必要でした。日本語の文庫本だったら4〜5冊は読めたくらいの労力。ま、普通だな!
さてそんなことは置いときましてお話の内容ですが、主人公の女の子がちょっと貧乏な我が家を助けるためにメイドになって働く場面から始まっていきます。稼ぎ頭だったパパが最近事故で失明してしまい失職中、お兄ちゃんも外に働きに出ているけど十分とはいかなくてとうとう主人公のGrietさんもVermeerさんちに出稼ぎに行くことになりました。本文は英語でも舞台がオランダのせいか登場人物の名前が全く読めません。Grietはグリートさんで何となく分かりますがVermeerでフェルメールとは字面だけじゃとても読めませんでしたので、これからは映画版とか翻訳版の登場人物名で書いていくことにします。Vermeer…ヴァーマー…ヴェーミーァ…、聞かなかったことにしてください。
グリートさんが住み込みメイドで働くため御両親は娘を売ってしまったかのように心配していますが、そんな昔とはいえ週一で家に帰れるし賃金も(安いけど)ちゃんともらえるし扱いも別に奴隷ってわけじゃないしで、特別変な就労条件でもなさそうです。職場には態度のキツイ女主人がいて、すっかりお局様と化した先輩メイドがいて、お世話する子供たちもわんさかいてと、普通の職場でも遭遇しそうな苦労がグリートさんを待ち受けます。グリートさんの方も初日からナメた態度を取った子供をひっぱたいていましたので、大人しそうに装ってもこの娘はこの娘でやられてもタダじゃ済まさない強かさを秘めておりました。各々の武器を懐に隠した、静かな緊張感が張り詰めるメイドさん生活の始まりです。
新しい職場で右も左もわからない状態の不安さは読んでいるだけの私にも深く刺さりまして、実にグリートさんに共感してしまいます。初めてのメイド仕事で頼らなくてはいけないその道何十年の先輩メイド、Tanneke(タンケネ?)お姉さまの態度は決して柔らかではありません。しかしその家の作法や仕事は教えて頂かなければ分かりませんので、お叱りは謹んで頂戴し自分の非は素直に認め反論をぐっと堪えてあくまで下手に出る…、サラリーマン生活を思い出させるグリートさんの苦労に心の中で涙が止まりません。ただグリートさんは軟弱な娘ではありませんので、そんな境遇に悪戦苦闘しつつもしっかりと仕事をこなして一家の一員になっていくのです。苦境の中でも立ち向かっていく姿を見せてくれる、いつだってそんなヒーローを待ち望んでいる私にとってグリートさんは最高に輝いて見えました。
このお話の妙は、微妙な力関係で保たれているフェルメール一家内での静かなるランキング争いでしょうか。日々の掃除や食事の用意のどれを取っても人付き合いがある以上、払わなければいけない注意や敬意があります。ランキング最下位の新人グリートさんは嫌がらせや必要な気遣いも多いのですが、彼女の持つ特別な色彩感覚が一家のNo.1である寡黙な主人 フェルメールに必要とされると、表面上は変わらなくとも一家内のパワーバランスに狂いが生じてきて面白くなってくるのです。さらに変化の種は外にもふんだんにありまして、グリートさんを狙う肉屋のイケメン息子ピーター、同じくグリートさんをターゲットにするも圧倒的強者の富豪ファン・ライフェン(フェルメール家のパトロン)など、いろんな意味で大人気のグリートさんからますます目が離せなくなっていきました。
そう、登場人物たちのキャラクターがどれも個性的なんですよね。肉屋のイケメン息子ピーターは表面上は実に爽やかな紳士なんですけど、グリートさんの気を引こうと結構強引な行動に出る事もあります。ケダモノ!でも実際はグリートさんを多少ドギマギさせても彼女の気の強さに失敗に終わることも多くて、逆に何故かグリートさんがちょっとだけよと気が向いたときにボディタッチで誘惑してくる始末。おさわりだけしか許してもらえなくても"I will see all of this. You will not always be a secret to me."(いつか全部ものにしてみるよ。いつまでも僕に隠し続けられはしないよ)、と服越しのおっぱいに向かって捨て台詞を残して去っていくピーター。いつもよくその寸止めで耐えられるなお前と正直思いました。
富豪のファン・ライフェンはもうちょっと余裕のセクハラをかましてきまして、流石にセクシーを見せたらヤバイとグリートさんは思ったのか極力接触を避けて過ごすも、腿へのおさわり被害に何度か遭います。ちなみに腿は英語で"thigh"です。単語を覚えるくらいおさわりしてました。"You - the wide-eyed maid"(目の大きなメイドさん,みーつけた)ってな感じの決め台詞で見つかる度にちょっかいをかけられます。
さらにはもうフェルメール夫人のカタリーナからは基本嫌われるし、夫人の実母マーリア・ティンスは敵ではないけど抜け目ない性格だしで、気の休まる時間は寡黙な主人 フェルメールのお手伝いをしている時間なくらいのものです。画家の作業は繊細なもので家族でもそう易々とアトリエに入ることは許されていないのですが、グリートさんはその特殊な感性からお掃除で入ることは許されていました。言葉少なく日常を過ごすフェルメールとグリートさん。この特別さから抱く気持ちは主人への敬意なのか はたまた尊敬なのか淡い恋情なのか、曖昧なグリートさんの気持ちはぐるぐるとずっと燻っているにも関わらず、フェルメールさんからのオーダーは優しくも素っ気ないまま。この日常がずっと続けばと思ってしまいたくもなる静かなひと時です。この状態は焦らしに焦らしてずっと波風を立てず、終盤に差し掛かって色んなことをやらねば苦しい状態にまで追い込まれてとうとうフェルメールがさんが絵筆を執るまで続きます。命令すればいつでも出来るけど今まで頑なにグリートさんをモデルに絵を描かなかっただけに、"Yes.Don't move."(そうだ、そのままじっとして)と静かに伝えてスケッチを始めた様子が実に特別な意味を持ちます。彼に絵を描いてもらうという行為はとても特別で、単に親しいというだけでは実現しないのですから。それを単なる雇われメイドの小娘相手にですよ。"He was going to paint me"(彼は私の絵を描き始めた)。この単純な一文がどうしてこうもセクシーで官能的な響きを持つのでしょうか。絵を描き始めれば彼の言う事は絶対で、決めたポーズのまま動いてはいけません。そして鋭い視線は細部を描くために体の隅々まで駆け巡ります。いつもの素っ気ない彼の態度とは真逆の濃密な時間。ことが始まればフェルメールさんの意外な心の内も見えてきました。"I will not paint you as a maid."(君を単なるメイドとして描きたくはない)。"I will paint you as I first saw you,Griet. Just you."(君を初めて見た時のように描きたい。そのままの君を。)
(*>∀<*) キャー!!ずっと前からそんなこと考えてたのねー!
後半の盛り上がりが実に素晴らしいです。そして絵を描き終わると同時に二人の特別な関係も終わってしまうのです。その時間が実にいとおしい…。この「真珠の耳飾りの少女」を描いたときフェルメールは史実では34歳くらいですから、フェルメールさんに近い立場の私。対してグリートさんは17歳というこの絶妙な年齢設定はいろんな妄想が捗ります。でも実際はグリートさんと一緒にフェルメールさんにドキドキしてた時間の方が長かったような…。ダウナーな優男でとっても紳士なのよ、フェルメールさんって。
このお話はフィクションとは言えども史実のフェルメール家の行方と同じ方向へ進んでいきますので、かつての優雅な生活も鳴りをひそめて多額の借金で終焉を迎えます。フェルメールも亡くなり、残された借金の中で過ごすカタリーナ夫人や実母マーリア・ティンスもお話の中では描写はありませんが、このお話の後で史実と同じ結末を迎える運命にあるのでしょう。なんとも言えない寂しさが残ります。
それでも最後の方でグリートさんを覚えてないはずのフェルメール家の子供が、'You're the lady in the painting.'(あの絵の女の人でしょう?)って真珠の首飾りの少女の事を知っていてくれたことが、とっても素敵な事だなって思いました。私はあまりじっくりとフェルメール作の絵を見たことはなかったのですが、今見てみますとお話の中で描かれていたアトリエの様子や登場人物たちを想起させる、生き生きとした光景が鮮明に残っていまして、かつてグリートさんが暮らしたフェルメール家の証が今も生きているなぁとしみじみするようになりました。絵をもとにこのお話を作ったんだから当然ですけどね。でもあの名画の裏にはこんなドラマがあったかもしれない、なんて想像するのはとっても楽しいじゃないですかね!