【西加奈子】炎上する君

炎上する君 (角川文庫)


お笑いコンビ ピースの又吉さんの一言推薦が帯に付いていた。
芸人の又吉さんが読書通なのは僕も聞いたことがあって、紹介しているおすすめの本のリストなんかを見ると初めて見る本がいっぱい紹介されていて うひょーすげーなーと唸る。自称読書通から尊敬を集めるのは簡単さ。相手が知らない本をいっぱい紹介して、ちょこっと知ってる本を混ぜればいい。ちょろいね、僕。好みは純文学とか、嘘くさく聞こえないところにちょっと恐怖。
そんな繋がりでご対面と成りました西加奈子さん。「炎上する君」よりお送りします。200ページちょっとと薄めなのが手に取る勇気に繋がったと、ヘタレな事もいってみる。
中には表題作を含む8つの短編が入っていまして、話に合う合わないに関わらずスラリ潔く締めを迎えるものばかり。さぁこの本はいったいナニモノであろうかと挑む最初のお話「太陽の上」で、いきなり主人公が"あなた"となっていて、え、僕?なになにアパートの三階に住んでいて…?なんか知らない僕が生活してます?と上々の惹き込み具合。そもそも僕じゃなくて、性別が女のいわば私が暮らしていたわけだが、そんな生物学上の違いなんかなかったかのように、いつの間にか中華料理屋「太陽」の上にある301号室で僕は暮らしていた。そして僕は三年前から外に出ることを止めてしまったらしい。今はひとりぼっちで、いろいろ選択していかないといけない人生に疲れてしまったらしい。もちろん実際の僕には身に覚えがない。覚えがないと思う。でも、思ったことくらいはある。このお話の"あなた"に直ぐにとは言わないけど、いつでもなれる。あれ、やっぱり僕? このお話は主人公を客観的にではなくて、"あなた"のお話として語りかけてくる。そう思う時点で、僕はこのお話に、とっくに飲み込まれているのだ。
「甘い果実」というお話では、作家の山崎ナオコーラさんの名前がやたら直接的に出てきた。主人公の作家が対抗意識を燃やして、憎み、嫉妬する相手役だ。なんで?実在の人物を出すやり難さを突破してまで何を…。僕は山崎ナオコーラさんの事は名前しか知らない。でも名前のインパクトのせいで知ったのはずいぶん昔だ。不思議な縁で人物像を聞くことになったもんだとしみじみした。だからラストで主人公と同じようにびっくりした。いやいやいやいや…と、WEBでそのあと確認した。楽しんでるね、僕。
短編の中では「トロフィーワイフ」っていうお話が一番好きだ。晩年成功した男性が、長年連れ添った妻を捨てて手に入れる若くて綺麗な奥さんの事だと。このお話に出てくるおばあさんは、若くて綺麗なトロフィーワイフの方だ。人生を謳歌し、今では静かに孫と語らうおばあさんだ。おばあさんは、生まれ変わるなら貧乏で傷だらけになりながらもあれもこれも自分でやる人生を送りたいと、のんびり孫へ語る。謙虚なんかじゃなくて、トロフィーワイフとしての役割をこなしきった上での希望だ。若いころは綺麗だったと、幸せな人生だったと、自信を持って言った上でのだ。才能があってしかも貪欲、思わず笑いすら出てしまう。カッコイイおばあさんだ。
ピースの又吉さんは帯だけじゃなくて、巻末の解説にも文章を載せている。帯の推薦文は、その解説から一言を引用したものだ。"絶望するな。僕たちには西加奈子がいる"だって。スゴイ力強い一言だ。