【重松清】十字架

十字架 (講談社文庫)



好きな本ぼしゅう 4月のコメントより。
>重松さんの「十字架」は老若男女問わず、1度は読んでもらいたいと感じた本です。
重松清さんかぁ。このブログに登場しないくらい以前に読んだぶりの再会ですなぁと、一人感傷に浸る。流星ワゴンとか読みましたが、真摯な物語展開で心に沁み入るお話を綴る人だとの印象があります。さて、そんな感じで本日は灰田さんよりおすすめを頂いた「十字架」よりお送りします。
この「十字架」のお話は、一人の少年の独白から淡々と始まりました。いじめを受けていたクラスメイトの一人が自殺をした際に遺書に彼の事を親友と書いたために、図らずも被害者の家族に深く関わることになってしまった人間の独白です。中学生がいじめで自殺かぁ…。そして作者は重松清さん。お話の道中はどうやら辛いことになりそうです。
いじめで自殺のニュースはちょっと前にも聞きましたし、その昔にもニュースになるような事件は定期的に報道されてますね。いつの時代にもあって、いつの時代になっても解決しない心苦しい問題です。というか大なり小なり程度の差はあれ、いじめの経験がない人間っていないんじゃないでしょうか。主人公くんは中学生ですけど、僕が中学生の時にいじめで自殺するという思いをしなくてすんだのは、単純に何事もなく過ごせただけの運まかせ以外の何ものでもないじゃないか、いつもそう考えてしまう自分がいたりします。
この「十字架」のいじめ事件はとても単純で、とても分かりやすい加害者がいて無用な謎かけみたいなものは全然ありません。なんだか気に入らなかったからいじめた。いじめていた加害者は不良だった。被害者はその内いじめに耐えきれなくなって自殺した。言うなればそれだけ。悪者はとてもはっきりしています。主人公の少年は、同じクラスにいて遺書に親友と書かれただけ。それだけなのに主人公くんは、十何年にも渡って自殺した少年の波立たせた波紋の影響を受け続けるのです。もはやそれを真摯に現実味を持たせて描写する作者さんの手腕はブレることなく抜群の安定感を誇っていますので全面的に信頼することにして、彼らの人生に大きく影響した自殺事件の内容に入り込むことにしました。
事件の後は当然のように報道陣に囲まれ、被害者の家族の恨みは深く、加害者の償いは満足にはされません。変化球で余計な面白さを演出することなくあえて典型的な情景を描写しているような感じはしますが、子供を亡くした母親は精神を病んで、父親は寡黙にいつまでも恨み続ける、その姿はやはり見ていて痛々しいと同情するとともに好きじゃないなと思うところがあります。あんまり言い方は適切じゃないかもしれませんが、僕から見れば被害者の家族が主人公くんたちにしてきた仕打ちはやっぱりいじめでしかなくて、みんながみんないじめをし合ったから十数年も主人公くんは事件に振り回されることになったんだと思う部分があります。クラスで見ていただけで助けなかったからって責めたくなる気持ちはわかりますが、まず責めるべきはいじめていた加害者じゃないでしょうか。被害者の父親も弟も主人公くんに掴みかかっていましたけど、まず掴みかかってぶん殴るのは加害者の方へじゃないでしょうか。本人たちは気付いていないかもしれませんが、いじめの被害者がいじめをする側にいつの間にか回ってしまった、そんな印象を感じています。クラスメイトも先生も雑誌記者も、誰が加害者かわかったもんじゃありません。不思議なものです、事件はとっても単純なのに。死んだ人間も、いじめた不良もはっきりしているのにね。
こんなんだからいじめなんて無くなるわけないんだ、無くならないならどう生きてみようか、そんな事を改めて考えた1日でした。
主人公くんは最初は中学生でしたが、やがて高校生になり、自殺した少年の家族との付き合いは続けたまま僕と同じ年齢になるまで月日は流れ、やがて僕よりも大人になってしまいました。それでも主人公くんは自殺した少年の事を思い出し続けていました。そのうち本のページも無くなってしまいましたが、その先もずっと思い出し続けるんでしょうねきっと。
うーん、いじめを受けるのも、いじめをするのも、見過ごすのも、助けるのも、どれもこれもしんどいわぁ…。いじめは無くならないしなぁ…、どうすっかなぁ…と悩んでいるうちに僕もいい歳になってきています。イカンなこれは!いつの間にか何もしてくれない大人の立場になりかけてるよ!やっべ!