【神無月サスケ】Moon Whistle

小説ムーンホイッスル


原作は1999年発表の、RPGツクール95製のフリーゲームです。そちらの製作者自らのノベライズ版です。
RPGツクール95ですよ95。Windows95の95ですよ。RPGツクール2000が発売されるちょっと前、RPGツクール95の末期とも言える時期にこのムーンホイッスルが出てきたんですよね。今でもゲームで遊んでいる私ですが、子供のころはPSやSSの市販品のゲームがそうポンポン買えるわけでもありませんので、タダで遊べるゲームを求めてインターネットの世界を探し回っていました。(うん、今とあまり変わりありませんね)
アクションゲーム、シューティングゲーム、育成ゲーム…、とにかくどんなジャンルでも「それなりに遊べるもの」になるとあまり数がありませんので、Vectorなんかのランキングで上位のものを適当にダウンロードしては遊んであっという間にクリアしてまたダウンロードしてって感じのことをしていました。そう、当時でもゲームを作るってすごい大変ですからね。ちゃんとメニュー画面があって音楽が流れているだけでも、このゲームは気合入ってるなー!って感動するんですよ。さらにそれなりに遊べるなら大当たりです。そんな世界の中でRPGの世界だけは、RPGツクールのおかげで異彩を放っていた印象があります。手軽に製作ができるツールのおかげで、遊べるレベルのクオリティは簡単に満たしてくるんですよ。それに作品数も凄く多かった。コンテストパークなんかのアマチュア作品コンテストが毎月ランキングを発表したりしていました。フリーゲームRPGといったら、RPGツクール製以外はありえない感じでしたね。



ただRPGツクールがいくら簡単といっても、やはりゲームを作るのはかなり大変です。私も昔RPGツクール3をプレイしたことがあるのですが、3日くらいかけて作ってみても10分くらいでクリアできるクソゲーしか出来ませんでした。ストーリーとか思いつきませんし。市販品のような何時間にも及ぶようなゲームなんて、いったい何十日を費やせば完成するのか、並大抵の頑張りじゃ到底RPGなんて作れっこないのです。でも作っちゃう人が結構いたんですよね。凄いですよね。



RPGツクールで手軽にゲームを作る代償として、デフォルト素材を多用すると見た目がどれも似たり寄ったりになっちゃうんですよね。シナリオだけが違っても、聞き飽きた音楽を聴きながらで見飽きたキャラクターを操作してもあんまり面白くはないのです。ただ作るだけでも大変なのに、グラフィックまで凝りだしたら製作時間はさらにドンです。でもこのムーンホイッスルは、自作のグラフィック素材でゲーム画面を作り上げてくれました。聞き飽きたBGMの代わりに、新規の音楽素材で彩を加えてくれました。そしてボリューム満点のシナリオで包み上げてお出しされてきた素敵なフリーゲームでした。私だけじゃなくて、多くのフリーゲーム好きな人たちが楽しんだ作品なのです。今から十何年も前のことです。
小説版ムーンホイッスルはそのゲームのストーリ部分を、作者さんが自ら近年ノベライズ化したものだそうです。Amazon電子書籍版を入手することができます。ふと最近ムーンホイッスルで検索したら、売っていることを知りました。あら何かしらこれ?と、懐かしさと不思議さが混じった気持ちです。買えばわかるさ。
主人公は幼稚園児のぜのん君です。ぜのん君が幼稚園のお友達や小学生のお兄さんたちと一緒に近所を冒険しながら、世界のピンチを救うために悪者と戦うお話です。ゲームのストーリーはもうだいぶ記憶が薄れちゃいましたが、小説の内容はほぼゲーム内のストーリーそのままで進んでいったように思えます。ゲームでは幼稚園でのおはようございますから始まって、家に帰るまでの一日が一プレイになるようなお話になっていました。小説でも同じようなテンポで進んでいきます。
ムーンホイッスルの魅力は自作グラフィックやBGMだけでなく、幼稚園児たちが戦うという奇妙だけど元気いっぱいのお話がメインにどっしりとあったからです。でもやっぱりお話だけ取り出してしまうと、面白いかといえばあんまり面白くないのが哀しい現実です。大人じゃなくて園児が危険な戦いに赴くという状況は、ゲームだったら違和感があってもワクワクできました。強い敵との戦闘に備えて、レベルを上げたり装備を整えたりして遊べますもの。でも小説では戦闘は勝手に進んでいくので、見ているだけで面白くありません。
登場キャラクターが都合よくあらわれたり間抜けな行動をしていても、ゲームだったら気になりませんでした。RPGだったら仲間キャラクターは付きものですから、強そうなキャラだったらどんな技が使えるか次の戦闘が楽しみになりますしね。逆に敵キャラクターだったらそいつは次のボスになる可能性があるのですから、レベルを上げて備えなきゃとか良い装備を買いに行かなきゃなとか考える楽しみがありますからね。
多少強引にいろんなところに遊びに行くのも、ゲームだったら問題はなかったんですけどね。新しいフィールドに行けるんですから、その先でどんな新しいアイテムを拾ったりイベントが起こったりするのかワクワクしますから。RPGとしていろんな場所を探索する楽しさ、いろんな隠し要素を見つけ出す楽しさ、そういったゲームとして大事な部分もムーンホイッスルという作品はしっかり作りこんでありました。強すぎず弱すぎず、手ごたえのある敵との戦闘。レベルが上がるにつれて覚える新しい技の数々と、それらを駆使して敵を薙ぎ払う爽快感。新しいフィールドで出会う見たことのない敵との戦闘。イベントで存在だけか仄めかされている、まだ見ぬボスはどこにいるのか。どんどん強くなる装備アイテムにキャラクターの攻撃力。ムーンホイッスルの魅力はストーリーだけじゃやっぱり成立しないんですよね。
ゲームのムーンホイッスルと比べて、小説のムーンホイッスルは丁寧な情景描写も加わってより良いものになっていると思います。でも残念ですけど、どんなに良くても演劇の脚本を読んでいることには変わりないと思っています。この脚本でゲームのキャラクターたちが演技を行い、盛り上がるバックミュージックを加え、さらにその世界に観客が参加できるというギミックが加わって、みんなに楽しまれてきたムーンホイッスルが出来ているんだと思います。
お話だけで面白くしようと思ったら、もうめちゃくちゃになるくらい作り変えなくちゃ面白くならないでしょうたぶん。ゲームをやっていたら、「ここはぜのん君はおおごえシャウト使っているんだな」とか「先生から回復アイテムもらったな」とか「パワーアップして新しい技を覚えたな」とか分かる場面があるんですけど、小説でそのまま文字だけでやられたら違和感しか残りません。ただの荒唐無稽な小説じゃないかと思われては、それはそれで寂しいものです。
昔たくさんプレイしたフリーゲームの思い出の中に、このムーンホイッスルという作品は私の中に残っています。ISDN回線で、ダウンロード時間は十分ちょっとくらい。ダウンロードが終わったらすぐ切断しないと通信料が大変ですからね、終わるタイミングをずっと意識しつつやっとダウンロードが終わる約5MB。この容量の中に、今でも名前を見たら今でも思い出せる冒険の数々が詰まっていたのです。だいぶ前の、ただの私の思い出ですよ。