【妹尾ふゆ子】翼の帰る処 (上)(下)

翼の帰る処 上 (幻狼ファンタジアノベルス S 1-1) 翼の帰る処 下 (幻狼ファンタジアノベルス S 1-2)


好きな本 ぼしゅう6月のコメントより。
>お勧めその2:妹尾ゆふ子著「翼の帰る処」ファンタジーです。主人公のヤエトが本当に良い味していて、若くて有能な史官なのに出世欲皆無、願望は「隠居したい」。にも関わらずあれよあれよという間に周囲に頼られて、隠居できなくなっていくことに悩む彼がすごくいいんです。私はそんな君が大好きだ!(笑) 物語の展開もファンタジーらしく壮大で夢があって楽しいです。まだ完結していないので少し勧めるのを迷いましたが、面白いので、それでもオッケーと思われましたら読んでみてください。


おすすめをもらったため、早速近くの大きな書店へと向かうことにした。どのくらい大きいかというと、本の検索端末が数台設置されているくらいの規模だ。取り合えず何かを探すときは、ここへ行ってみることにしている。
検索端末の前に到着し、本のタイトルを入力する。するとすぐに前日在庫の有無と場所の案内が出た。ピピピ「翼の帰る処2 前日在庫なし…、翼の帰る処3 前日在庫なし…、翼の帰る処…」。どうやら時期が悪かったようで、軒並み在庫なしの表示が出てきていた。しかたないので出直すことにしよう。いそいそと検索を終了しようとしていると、液晶を発光させて検索端末が訴えかけてきた。「ちょっとちょっとお兄ちゃん!ボクをもっと良く見てよ!"翼の帰る処(上)(下)…前日在庫あり"だよ!1巻目だけはあるんだ!よかったね、セーフだよ!」。心なしか誇らしげに陳列場所を示してくる。ウフフ…坊や、良くお聞き。私はね、君みたいな中途半端なお節介焼きが大嫌いなんですよ。ではもう一度聞きましょう、翼の帰る処はありますか?検索端末に再度入力をする。ピピピ「翼の帰る処(上)(下)…前日在庫あり、場所は少女コミックス(B)の棚だよ!」検索端末は顔を輝かせて同じ結果を伝えてきた。黙れこわっぱ!「ヒ、ヒィ!」何が少女コミックス(B)の棚だよ!出版社の区分けすら表示されないくらいアバウトじゃねーか!というか少女マンガコーナーってなんだよ!小説じゃないのかよ!あるかも分からない物を探して、少女マンガコーナーを大きなお友達がうろつくなんて許される行為じゃないよ!ちらりと覗いた少女コミックス(B)の付近にぽつりといた、女子中高生やお姉さん方の静寂を乱すことは私には出来なかった。これは逃走ではない。翼の帰る処の真相を確かめるための戦略的撤退である。役にも立たない検索端末を捨てて、私は書店を後にすることにした。検索端末「そんなぁ〜」
自宅に帰り、私は信頼するパートナーへと声をかけた。「ただいま」
Amazon 「おかえり」
この翼の帰る処という本は漫画ではなくやはり小説であった。ただ新装版が出ているらしく、同じものが複数存在してちょっとややこしかった。今回私が手に入れたのは、旧版とも言うべき品物だ。新装版の方が若干お高いがおまけも付いてるとかなんとからしいが、正直知らなかった。もう買っちゃったからどうでもいいや。
このお話はまさに剣と魔法のファンタジー世界を舞台にした物語だ。甲冑に身を包んで騎馬を駆り、大勢の兵を率いて戦乱の世の中を飾り立てている。ただ珍しいことに、こういう物語では必ず起こっていると思っていた敵国からの侵略、滅亡の危機といった眼前に迫った危険というものが、今回のお話には関わってこない。多少の動乱はあるようだが、どこの政治の世界でもあるような駆け引きの争いで、しかも遠く離れた土地での出来事だ。主人公のヤエトという史官は寒さ厳しい北の地へ左遷され、それをいいことに隠居生活を目論むという素晴らしき事なかれ主義者である。つまり新しく赴任した土地で、現地人との文化の違いに頭を悩ませながら、住民たちの問題解決へ右往左往するハメになるやる気の無いお人好しの奮闘記なのだ。「ホッホッホ、優秀なんだか不器用なんだか分からん男じゃ」。なんだかんだ言って仕事をやってくれるイイ男を嫌いになるはずが無い。相手に辛辣なことを言うこともあるのだが、北嶺の住民からは結構頼りにされているようである。
お話が開始されて少し経った後、メインイベントが到着する。北の外れの地に皇帝の娘、皇女様が太守として赴任してくることになったのだ。閑職で隠居生活を目論んでいたヤエトを野望からさらに遠ざける神様の悪戯である。もちろんヤエトは皇女の側近として任命される。なんだかんだ消極的な発言はするけど、仕事はきっちりやってしまう哀しい性のせいで皇女からの信頼も上々だ。「金髪で勝気なお姫様を味方に付けたぞ!今夜は宴だ!」。ヒロインに最後は負けるお嬢様ライバルキャラっぽい外見の皇女だが、今回は身内だ。ヒロインが現れたら全力でバックアップせねばなるまい。
皇女がやって来たことによって、話は住民同士の対立問題から政治的内部闘争へと拡大することになる。学校で喧嘩していたと思ったら親同士、または教育委員会まで問題が拡大しちゃった先生みたいなものだ。ヤエトの巻き込まれ体質に同情すると共に、他人事なのでニヤニヤ高みの見物と洒落込むことにする。苦境に喘ぐヤエトの奥の手は、その場の過去を見ることが出来る一族の秘密の技だ。暗殺者が現れても、落ち着いた後にその場に戻って過去を見れば顔も会話もバッチリって寸法よ。ただし暗殺者から無事に逃げられたらの話だけどな!ハッハッハ!
一応能力のペナルティとして、古い過去ほどぶっ倒れるほどの体力を消耗することになっている。だからヤエトはお話の後半はほとんど寝たきりの生活だ。ピンチになっても戦えないし逃げられない、なんとも病弱設定の主人公だ。病床にて情けない姿を見せつつ頑張る姿勢は、冷めてるんだか熱いんだか呆れてしまうイイ男でもある。こう、そっとおでこに冷やしたタオルをのっけつつ「次に目が覚めたときは戦勝のパーティーだ」と安心させる一言を言い残しつつ戦場に向かいたくなってくる。「俺、無事に帰ったらあの人にハグしてもらうんだ。そのぐらいいいよね!」。まず言いたいのは私はホモではない。その上で聞いてほしい。死地から生還できたとき安心感を求めて抱擁するのは不思議なことではない。例えば皇女では小さすぎる。皇女を抱きしめるのは違うのだ、抱きしめられたいのだ。その点ヤエトなら大きな腕で包み込んでくれそうな気がする。むさ苦しくも無い。「フフフ…俺は幸せものだぁ」。死亡フラグを残した私は妄想を胸に戦地で散る。
ファンタジー世界らしく、古代の神や伝説の英雄譚が語り継がれていると共に、それらが実在の出来事であった雰囲気を匂わせて読者をわくわくさせてくれる。ヤエトの過去を見るという能力はそれらへ大胆に迫ることが出来るだろうと考えると、他のファンタジー作品とは違った期待で面白くなってくる。この先に待ち受けるのはお約束の他国からの侵略戦争か、それとも古代の伝説の再来か。壮大な話を予感させる1巻であった。