【米澤穂信】インシテミル

インシテミル (文春文庫)


好きな本 ぼしゅう6月のコメントより。
>お勧めその1:米澤穂信著「インシテミル」 読み始めたら止まりません。推理物らしい「静」の感じも読んでいて味わい深いですが、最後の怒涛の「動」の展開に興奮します。しかしクリハラさんの記事をざっと見ると、米澤穂信さんの作品も読んでいらっしゃるようなので、もしかしたらコレも既に読了済みかも知れない……。

ここ最近の日記を憐れんでくれたのか、ブログの訪問者からおすすめの本を恵んでいただいた。ありがたい。
紹介者さんも気にしていたが、確かに米澤穂信さんの作品はこのブログに登場していないものもいくつか読んだことがある。なんだったかなぁと思い出せば、「春期限定いちごタルト事件」と「さよなら妖精」だった。隠された既読をすり抜ける、狙いすましたおすすめショット。一発目から無事、命中だ。「ヒュゥー!良い腕してるぜ!」
さて私の手元まで届いたは良いが、紹介された本はしかし得意顔でこちらを見下ろしてくる。「映画化までされた人気作家のヒット作である俺をようやく読むとは、ずいぶん話題にのんびりしておられますなぁ」。まだ本のページは捲っていないが、読む前からいろいろと語りかけてくるものはある。前評判というものだ。だが読むと決めた場合はそんなものに耳を傾ける必要はなく、私は一言返事をするのみである。「よろしくお願いします!」。さあ出発だ。
今回の本「インシテミル」を開いてみると、中には時給11万2000円のアルバイト募集記事とお仕事場所「暗鬼館」への合格通知が入っていた。この冗談のような怪しい求人広告に応募した12人の男女が今回のお話の登場人物だ。各々思う所はあるかもしれないが、バイトの仕事という事もあって集まった人物たちは普段通りの装いをしている。「僕は参加するって一言も言ってないんですけど!」登場人物は12人だが、強制参加者としてこっそり13人目に私(読者)は紛れ込むことになった。雇用形態も特殊で時給11万2000円が貰えず、逆に686円(税抜)を支払って暗鬼館へ強制連行だ。ここで人文科学的な実験と称した、7日間の生活が始まることになる。「いい予感が全然しません!」
暗鬼館に到着すると、簡単なルール説明がされる。衣食住は保証されているが暗鬼館から出ることは禁止されており、全ての行動はデータ収集の為記録がされる。今回のバイトに期待されている範疇として納得できるものだ。嫌だったら帰っても良いと言われるが、報酬に比べれば今さらそんな気にはならないだろう。さらに追加報酬として殺人を行った者、探偵役として犯人を見つけ出した者、探偵役の助手として活躍した者などに多額の現金が貰える旨が説明された。犯人として捕まるとペナルティとして報酬が減額されたりもするらしい。別に何もしなかったら7日後には約1千8百万円を貰えるだけだ。あらいやだ、物騒なお話ですこと。館の調度品も有名なミステリー作品をオマージュしていて殺人が起こる雰囲気満々ですわよ奥さん。しかし私は余裕だった。バイトで集められた参加者は顔見知りもあまりいない一般人ばかりで、殺す動機も恐怖に駆られる雰囲気も全然起きそうになかったからだ。そもそも心理実験で殺人を行おうなんて、富豪の道楽としてもリスクが高そうなのは私でもわかる。記録映像をスナッフムービー(殺人ビデオ)のように楽しむとしてもそんな悪趣味な人間はさらに数が限られてくるだろう。腑に落ちないことだらけなのだ。「理屈の上では何も起こらないってことさ。フフン」登場人物たちも同じような考えをしているらしく、ますます気持ちに余裕が出来てくる私。だけどもそうは問屋が卸さない。理屈じゃ人は動かない。これはよちよち歩きの社会人生活で私が理解した数少ない事実だ。第一の犠牲者はほどなくして現れることになる。理由はともかく、死んでしまったものはしょうがない。さぁ、いったいどいつが犯人なんだ。
人為的に閉ざされた施設で、誰が殺人鬼ともわからない7日間の共同生活が開始されることになった。これこそ主催者側が望んだ真のゲームの姿だろう。こっそり13人目として参加している私は一人ニヤリとする。「私のミステリーにおける生存率は1%以下です。クックック…でも分の悪い賭けって嫌いじゃなくってよ!」。ちなみに1%以下というのは、私がミステリー作品を読んでトリックが判る確率だ。これでも何十冊かくらいはミステリー作品を読んだことがあるのだが、謎が解けたのは1つくらいあったよーな気がする程度で、大抵はラストまで判らず死んでいる。「一つも分からないんじゃ、生存率は0%じゃ?」どこからか神の声が聞こえたが、無視をした。
7日間の極限状況が過ぎ、私は無事に暗鬼館から脱出することが出来た。「こちとら686円(税抜)を支払って参加してる身だっつーの!謎が判んなくても脱出できてもいいっつーの!」誰にも何も言われてないが、ただ叫びたかった。そして謎を解いて脱出した者の姿が、ただ眩しく見えた。
そしてネタバレになるかもしれないが、私は言いたかった。「結城くん、前半と後半でだいぶキャラ違わない?」。負け惜しみではない。決して。