黙示録

黙示録 (単行本)


池上永一さんが再び描く琉球王朝の物語。他に琉球王朝を描いた作品に「テンペスト」と「トロイメライ」がありますが、迫力の633ページという大ボリュームで数年ぶりに作者さんが帰ってこられました。まことに嬉しい限りでございます。
このブログ開設以前と以後合わせての年月と読み終えた本の中で、私が一番の信頼と最高の興奮を覚えているのが池上永一さんなのでございます。作風は清々しいまでに広々とした空と茹だるような熱気を感じさせる沖縄の情景描写と、たとえ心の中で泣いていてもどこまでも突き抜けるように明るく笑えるユーモアある語り口が魅力でして、私はどこまでも前向きな登場人物が好きで作者さんの作品はみーんな大好きなのです。
本日のこちらは、そんな大好きな作者さんの最新長編「黙示録」よりお送りします。
日本の端っこ、しかも300年も昔の琉球を舞台にすると聞いても、作者さんを以前から知っていなければ田舎県出身の私にはいまいち「ああ、あれね」とピンと来るものは無かったでしょう。表紙のイラストもなんだが凄そうな貫禄を放っていますが、内容に関してはミジンコほども分かりません。読み終わってから見ればその意図も分かるようになりますよ…と言いたいところですが、うん、なんとも言えん。
しかし自分が住んでいる土地と時代が違うといっても、一人の少年が野心を胸に琉球最高の踊り手になるまでもがき続ける姿に心揺さぶられないわけじゃありません。人が思いっきり笑ったり怒ったり泣いたりする出来事はどんな時代でも共通であり、300年昔のたとえ実在しない人物の心に触れることはそんなに難しいことじゃないと思います。
舞台は1700年代初頭の沖縄で、当時は琉球と呼ばれていた時代のお話です。王都にある首里城にはまだ王様がいて、清国とか薩摩なんかの脅威に晒されながらも一生懸命 国としての威厳を示し続けたりしていたようです。主人公の了泉(りょうせん)くんはそんな情勢なんか知ったこっちゃない最下層の身分の乞食として、明日をも知れぬ毎日で必死に食い扶持を探していました。市場の大道芸人の下っ端として毎日親方にボッコボコにされながら、身寄りの無いお母さんのために今日も日銭を稼ぎます。まだ幼くて無力な了泉くんですが、憎たらしく思ってもどこか人目を引く才能を持っていまして、いつしかとても偉い役人の目に留まります。この役人さんの風水の見立てでは、王を太陽としたときに月となる存在が必要不可欠だと考えていました。太陽に対する月、月しろと呼ばれる存在として了泉くんは目星を付けられたのですが、月しろに求められている人生は波乱と絶望に満ちていまして、最下層の身分から脱出のチャンスは与えられたものの待っているのは幸福ばかりとは限りません。池上永一さんの真骨頂、今まで数々の作品で登場人物が振り回されてきたノンストップジェットコースター型人生劇場に、踊りの才能だけを胸に了泉くんが乗り込むことになります。天国も地獄も全速力で突っ込んでくるから覚悟しな!
他に作者さんの琉球物語としてテンペストトロイメライがありますが、この黙示録はそれらの時代より100年ほど昔で直接繋がるものはありません。ですので続編でも前日譚でもなんでもないので特に気にする必要はありません。公式HPでは琉球サーガなんて名付けて3部作としていますが、琉球が時代と共に移り変わっていく様子がメインで登場人物の繋がりはそれほどじゃないですね。でも100年ずれてもなぜか北崎倫子という人物は共通して出てきますけど。100年どころか逆に21世紀を舞台にした作品でも出てきますのでこの人は特別です。何者かは知らん。マジで。北崎倫子についてもうちょっと知りたい人はこちら。
地の底のような生活から這い出た後はとてつもない上昇気流です。ありえない才能を持った主人公のライバルとしてありえない才能を持ったライバルが襲い掛かってくる、踊りの癖にパワーインフレの肉弾戦を見せられているような激戦の数々が道中を大いに盛り上げてくれます。100年後同じ琉球王朝を狂気の頭の良さで上り詰めた可愛い顔をした「テンペスト」の真鶴は、数々の苦難に挫けそうになりながら正面から力ずくで叩き潰していました。「黙示録」の了泉くんは同じように琉球王朝を天賦の踊りの才能で駆け上がるのですが、数々の困難に対して「正攻法」「非合法」「反則技」「裏技」(本文より)など何でも使う主人公としてあるまじき品の無さで立ち向かうのです。しかも叩き潰される。それでも駄目なら体を売る!妖怪とだって取引する!恐ろしいまでの執念で困難を乗り越える!女の子主人公の真鶴はあんなにも品行方正で手厚く保護していたのに、男の子主人公の了泉くんにはあらゆる外道へと叩き落すという、作者さんの凄まじい差別っぷりに笑いが止まりません。池上永一さんの作品史上、作者さんの手でもっとも外道な事をやらされた主人公になったんじゃないでしょうか。最高です。
喜びも哀しみも濃密過ぎるくらいギュッと詰まった了泉くんのジェットコースター人生は、道中の熱狂が終わってふと今までの旅路を振り返ると、過ぎ去ってしまった楽しい思い出と歩んできた道の長さを思い出して終わりには何とも言えない侘しさを感じさせます。
まことに楽しいお話でした。