ヒストリア

ヒストリア


池上永一さんの4年ぶりの新刊は、表紙にチェ・ゲバラ、テーマに戦争を持ってきて、作者さんが大好きな私でも思わず「うわぁ、買いづらい」と思うほど重苦しそうな雰囲気が漂っております。まさか池上永一さんがチェ・ゲバラという実在の人物焦点を当てて、史実に則ったシリアスなフィクションを描くなんて。
いつもの底抜けに明るくて元気になるようなお話は語ってくれないのかしら、そう一瞬だけ思って心の底では微塵も信じてない私でしたが、その予想通り今回もご用意されております波乱万丈ジェットコースター型の人生疑似体験。特にチェ・ゲバラは完全に脇役で、読み終わってみるとなにキミ主人公みたいな顔をして表紙を飾ってるの?って感じです。実際読者が強制的に壮絶人生の絶叫マシーンに相乗りする事になる主人公は、沖縄県在住の少女 知花 煉(ちばな れん)さん。1945年3月の沖縄本島にて米軍の爆撃の真っ只中を全力疾走で逃げ回る彼女は、両親、兄弟、友人知人に家も財産も全て失うところからスタートします。作者さん特有の強烈な精神的タフネスを備えた漢乙(おとめ)思考の女性が、幾多の困難に叩き潰されながらもあらゆる敵に戦いを挑むことになります。彼女の敵は米軍だったり諜報機関だったり、洪水だったり疫病だったり、そして借金だったりと多種多様です。代わりに彼女は倫理観が欠如してるんじゃねぇかってくらいの大胆な発想と、こいつ頭がおかしいんじゃねぇかってくらいの狂気の行動力を武器にして、それでも駄目なら拳を使って数多の戦争のような日常を駆け抜けます。
本日読み終わりましたこちらの「ヒストリア」は、そんな怒涛の人生を強制体験させるアトラクションへの招待券みたいな一冊です。
主人公の知花 煉さんはお話の冒頭であらゆる財産を失った後、闇市の物々交換から生活基盤の立て直しを始めます。このお話のメインは普通に食べて普通に着飾って普通に寝る事、普通の生活を手に入れることになるでしょうか。戦争によって日常が崩壊した世界から脱出するために、やがては日本の沖縄から南アメリカボリビアへと飛んでいきます。南アメリカラテンアメリカ
あのマジックリアリズムで知られるラテンアメリカ文学の地で、池上永一さん流のマジックリアリズムが奇しくも炸裂するなんて。さながらガルシア・マルケスの"百年の孤独"のように、主人公達はボリビアの未開の地で樹木を切り倒しコロニア・オキナワを創設するのです。ただし100年も過ぎないし世代交代もしません。最初から最後まで知花 煉さんの激闘のお話です。しかもその凄まじさは思わず笑いが出るほど滅茶苦茶で、金持ちになってもしょっちゅう無一文に逆戻りしたり、畑で作物を育てていたらいつの間にか国際犯罪の片棒を担がされていたりと、これでもかというほどの困難を作者さんは用意しています。そしてそれらを作者さん持ち味の軽妙な言葉遣いとユーモアで、ゲラゲラ笑わせられながら楽しませてくれるのです。マブイ(魂)落としとかは作者さんお馴染みの要素でしたが、主人公から分裂した魂が普通に主人公に成り代わってて笑いました。もう一人の自分が生活を脅かしてくるなんてホラーかサスペンスになりそうなものですが、何故か笑いも混じってくるのがこの作者さんの好きな所です。お馴染みの謎キャラ北崎倫子もこっそり出てました。
普通に笑って普通に泣く普通の主人公なんですが、池上永一さんはそれに普通じゃない不屈の闘志を必ず持たせるのです。まさにヒーローの如き活躍に、いつだって私の胸は夢と期待でワクワクさせられちゃうのです。