【貴志祐介】新世界より (上・中・下)

新世界より(上) (講談社文庫) 新世界より(中) (講談社文庫) 新世界より(下) (講談社文庫)


好きな本 ぼしゅう 10月のコメントより。
>突然ですみませんが、今回は、おすすめしたい本があって、はじめて投稿することにしました。何か不備があったらごめんなさい。
貴志祐介著の「新世界より」と、上橋菜穂子著の「精霊の守り人」という本が面白いです。
どちらもアニメ化されていて、もう既にご存知かもしれないとも思ったので、念のため(?)に二冊挙げさせてもらいました。
二冊ともファンタジーで、「精霊の守り人」の方はシリーズものになっています。巻を重ねるごとにお話の規模が大きくなって壮大になるので、迫力があって読み応えがあります。
ぜひぜひ読んでみてください。



くるくるさん、おすすめありがとうございました。
おすすめは2冊ありますが、まず今回は「新世界より」を読んでみようかと思いました。
作者の貴志祐介さんの著作は以前何か読んだことがあったよなぁと思い返してみれば、このブログを解説するより前に「青の炎」という作品で一回その作風に触れたことがあります。ごく普通の青年が、良心の呵責と義憤の間で精神的に追い詰められた末に完全犯罪を計画する過程をそりゃまぁ濃密に描いた、ハードな作品だった覚えがあります。また、この「新世界より」というお話の詳しい内容は知らないまでも、今年の初め頃までにアニメがやっていたことや、なんかファンタジーっぽい作品だなって事は知っていました。この二つの先入観を本能的に繋ぎ合わせると、どうもこのファンタジーに夢や希望が満載されているとは思えず、夢や希望も無いってそれファンタジーじゃないじゃん!でもファンタジー?何かしらいったい?と未体験ゾーンへの突入なのでございます。
新世界より」、そこに広がる舞台は文字通り、現代の日本から数百年未来のまったく新しい日本の姿でございました。ここが…新世界?お話の形式は、全てが終わった後に事件の詳細をまとめている報告書のような感じで綴られていきます。報告書の冒頭で語られるものは全てがとうの昔に過ぎ去った事への憐憫や、多くの人命が失われたことへの後悔の言葉です。当然今の私には何が起こったのか知る由もありませんが、先に待ち受けるのは幾ばくかの平和とそれを引き裂く避けられない悲劇だということは予想が付きます。ついでに言うといきなり先の展開のネタバレかよちくしょう!という私の叫びもありましたが、たいした影響もありませんので無視して進むことにします。
お話は主人公の女性 渡辺早季さんが、10年前に大惨事があったことを仄めかしながらさらに昔の自分の生まれから思い出を振り返り、私の知っている日本とは違う世界の様子をポツリポツリと語ってくれる事から始まります。"ミノシロモドキ"とか"神栖66町"とかまだ良くわからない単語がたくさん出てきましたが、どうやら人々は未知の念力を身に付け、それが原因で私の知る文明世界は一度滅び、数百年後の現在では数万人程度の人類が細々と暮らす衰退した世界となっているようです。人が超能力を身に付けたり、ミュータント化して目からオプティックブラストを撃てるようになったり、見るだけで全ての超常現象を魔炎と共に消滅させられるお目目を持っていたりと、割とファンタジー世界では人類が進化するのは良くあることですね。そんでもってバラエティ豊かな能力の敵が襲い来る中で、主人公がオリジナルの能力で次々と立ち向かうなんてのも良くあることですが、新世界より ではさらにその先の世界へと到達しています。つまり自然界では強いものだけが生き残れるように、登場人物たちはみんな同じ念力を操りその力は強力無比です。人類と能力者は争い、さらに能力者は能力者同士で争い衰退していく、なるほどそりゃそうだよねと思ういろいろとスッキリする衰退っぷりで、人類は見事に数を減らしていました。俺Tueeeeee!は男の子みんなの憧れだけど、そりゃみんながみんな大量破壊兵器並みの能力を持っちゃったらぺんぺん草の一本も生えない事態になるのは想像できるよ。強すぎる力の虚しさを感じるお話です。
遥か未来とはいえ現代の日本から地続きの文化が残っているため見慣れた景色は多いのですが、独特に発達した未来の文化は見てて面白いものがありました。冒頭で出てきたミノシロモドキもそのひとつで、昔の文明人が作った大きなナメクジみたいな移動式図書館だということがそのうち判ります。戦争から本を守ろう!→記録装置を自分で動けるようにして逃がそう!→ついでにエネルギーを確保するためにその辺の虫とか食べられるようにしよう!→そして巨大ナメクジへ…みたいな狂気の理論展開の産物ですが、一番の狂気は「ぶっ壊すぞ!」と脅迫すればセキュリティが解除されて書籍が読み放題なことだと思われます。…セキュリティ弱すぎぃ!そこは自ら火の中に飛び込んでも守り通せよ!かわいいやつです。
あとはボノボ型のストレス解消という理屈をつけて文化が異なる発展を遂げた描写をしたかったのか単に聖域無きキャッキャウフフを描きたかったのか分かりませんが、未来の人類は男女大人子供問わずセクシャルなハラスメントが推奨されていてぱっと見そこは桃源郷、男女も女女も男男も関係ない自由な精神のコミュニケーションが広がっています。わぉ、大胆。そこまでは私も理解の範疇でしたが、
♀→←♂と互いに惹きあってるカップルと見せかけて
♀→(思い出の幼馴染♂)←♂
みたいな理解の範疇を超えた結ばれ方をしたカップルというか主人公がいまして、とっさに状況は理解できないまでもパズルのピースみたいにぴったりはまると言えばはまるな…と良く分からないしっくりした物を感じました。これが…新世界…!?
新世界よりの舞台でメインに起こるのは、神の様な超能力を持った人類と、バケネズミという知能はあるけれど奴隷のような扱いの生物との、生存を賭けた最終決戦です。お話の最初では普通の人間と卑屈なバケネズミという扱われ方をしていますが、読み進めていくうちに読者も人間側の容赦ない傍若無人ぶりや、バケネズミ側の自由への主張なんかを見ていくと、どちらも尊ぶべき命というわけではなくて実に平等に醜い生き物であるとうんざりする事請け合いの素晴らしきゴミ溜めであると気づく事になります。そんな新世界を嫌いにならず、ぼろぼろになって辿り着いたラストに爽快感を感じるのは、生きることへの直向さが思いっきりぶつかり合った勝負の後だからでしょうかね。正直言いますと、力の限りぶつかった結果がどうなろうと私は満足でした。互いの主義主張に優劣なんて付けられなかったので、シンプルに強かったほうが生き残れば良いと思っていました。正義なんてそんなもんさ。
確かに道中は夢も希望も無いようなファンタジーでしたが、…いや、読み終わって思い返してみてもやっぱり夢も希望も無いような気がするファンタジーでしたが、それでも生きる力強さを見せてくれた熱いお話でしたね。