【水上勉】ブンナよ、木からおりてこい

ブンナよ、木からおりてこい (新潮文庫)


書店のディスプレイは店員さんプチお勧め披露の場と言ったところでしょうか。どこの書店も変わり映えのしない本棚をしているものですから、ちょっとした違いも目に付く事があります。「おや、何とも言えない魅力を感じる」。今日はちょっと昔の児童文学作品が気になりました。
本日はこちら「ブンナよ、木からおりてこい」からお送りします。
ひらがな多めの、平易な文章で書かれた子供向けの作品です。ですが児童書の割りに、大人向けの小説に交じって並べられていただけの理由はやはりある。主人公のトノサマガエルを筆頭に、登場人物は互いに言葉を交わす擬人化された小動物たちですが、野生のサバイバル生活の過酷さや無情さを人間並みの感情を持って語らい合います。彼らの知識は高層ビルと言った物の知識、東京と言った地理の知識、作物の収穫や土地の埋め立てと言った文化の知識、他の生き物の生態の知識など、もう君ら独自で文明を築き上げられるんじゃないかなと思うほど多岐に渡ります。だけどもどうしても変えられないのが生態系のルールらしく、かえるはヘビになすすべもなく捕食される対象であり、ねずみは時に罠で命を落としながら農家の作物を荒らしていきます。単なる自然の営みが、これから苛烈な極限の物語に豹変するって寸法よ。世の中の子供たちにトラウマでも植えつけたいんでしょうかね。
お話はトノサマガエルのブンナが上の世界にあこがれて、木に登ろうとするところから始まります。もともと木登りが得意なブンナでしたが、高い所から地平を眺める度に地べたに這いつくばっていた頃には気付かなかった世界の広さを体感するようになります。やがては木のてっぺんまで登るんですよね。仲間の警告も聞かずに危ない事をして酷い目に遭うお話かと思いきや、ブンナは仲間からの忠告にめっちゃ耳を貸すし慎重に慎重を重ねて事に及ぶんです。達成困難な目標に対して努力を重ねて立ち向かう、魅力的なドラマになっているんですよね。
では憧れの木のてっぺんで彼を待ち受けていたものとは何か。鳶のえさとして巣に持ち返られるまでを待っている、死刑執行前の留置所で嘆く小動物たちってわけさ。
木のてっぺんで隠れて一休みしてたら、鳶に捕まって来るわ来るわ傷だらけの雀やねずみやヘビやなんかが。怪我で逃げ出すほどの体力も無く、けれど死にたくないと願う彼らの独白は胸に突き刺さる突き刺さる。あるものは泣きはらし、あるものは観念し食料としての一時保存の期間を過ごしますが、定期的にやってくる羽音が断末魔と共に彼らを連れ去る!逃げ遅れて出るに出れなくなったブンナは、それを聞きながらひたすら黙って耐え忍ぶ!一匹減ると、また新たな一匹が捕らえられて連れてこられる!死刑囚の補充は絶え間がありません。何この地獄絵図…。
命の尊さをこれでもかと語りかけてくるお話で、子供だろうが大人だろうが深く考えたくなる過酷さとそれでも生きる事の希望をブンナは見せてくれます。小難しいテーマにはあっさりした展開が良く似合う。どこか牧歌的なキャラクターの間で響く断末魔が、作中で実に鋭く光ってます…。