【上橋菜穂子】炎路を行く者 守り作品集

炎路を行く者 ?守り人作品集? (偕成社ワンダーランド)


精霊の守り人シリーズの外伝的なお話の2作目、「炎路を行く者」でございまする。
シリーズ7作目の蒼路の旅人より登場して怪しく活躍した、ヒュウゴなる人物の生い立ちにスポットを当てたお話がメインで展開されます。それと15歳の時のバルサさんにスポットを当てたお話がもう一つ入ってます。
本の2/3はこのヒュウゴさんに割り当てられていますが、シリーズの後半に登場してダンディかつ重要キャラっぽい雰囲気を漂わせつつ物語を大きく動かす一翼を担ったこのキャラクターについて、魅力的により深く掘り下げる内容となっています。あとがきの小話によれば執筆の取り掛かり自体は本編での登場より早かったようで、ヒュウゴというキャラクターを知らなくてもこの作品単体で楽しめると思われる細やかでドラマチックな物語が綴られます。如何にして彼は敵国だった王の傍で仕えるようになったのか、なんていうシリーズを読んだこと前提の楽しみ方をしなくても、名前も知らない一人の少年が、過酷な境遇に耐え抜き野心を胸に高みを目指す直向きな様を楽しむことが、きっと出来るでしょう。なによりこのヒュウゴ少年、物凄く良い子です。守り人シリーズは良い子がいっぱい出てくるお話として有名です(俺の中で)。
お話はシリーズ本編だと最終段階直前辺りの時期で、ヒュウゴさんがふと昔を回想する場面から始まります。ずっと昔、彼が暮らしていた国が敵国からの侵略によって消滅確定になり、武人階級だった彼とその家族は全員処刑の対象とされてしまいました。混乱の最中ヒュウゴくんは命以外の何もかも無くして辛うじて逃げ出し、その先で見知らぬ親子に助けてもらい人生どん底からの再スタートとなったのです。助けてもらった先での生活は楽なものではありませんでしたが、その代わり周囲の人間たちが優しくて気遣いがより一層心に沁みます。さて、人生転落の後は穴から這い上がる時期の到来です。物語の主人公達がここからどこまで這い上がるかは、それぞれのキャラクターの資質に依るところとなりますね。ヒュウゴ少年の資質は半端じゃなくて、まっすぐ遥か高みを目指すどころか上って下がって道を反れてとぐわんぐわん読者を引っ張りまわして惹きつけるという大物ぶりを見せる道中です。この点に関してはバルサさんすら霞んでしまうほど。もうね、初めは長編だったこのお話を中編に書き直しているそうなんですけどね、リュアン姉ちゃんはどうなったんや!とか気になるところがあり過ぎるので長編に戻してあれこれもっと書いてくださいとお願いしたくなるくらい楽しみました。
もう一つのお話「十五の我には」では、タイトル通り15歳になったバルサさんの登場です。思春期真っ盛りでバルサさんにも色恋の時期がやってきたわけですが、バルサさんにとっての色というのは赤(血の色)の事で、恋というのは思い出すと夜も眠れない(くらい殺したい)祖国の王様の事なんですよね。この人はほんとブレませんね。お話に登場した瞬間から人間にガンガン槍を突き立てちゃってるくらい情熱的に育っちゃった乙女のお話です。別の外伝「流れ行く者」に登場した時は13歳くらいでしたから、あの時より後のお話です。
本編で元気に槍を振り回していたときはおてんばばあさんなんて呼ばれていることもありましたが、15歳くらいだと元気溌剌娘の落ち着きの無さが良く似合っています。気が強いけどたまにしょげてごめんなさいするバルサさんが可愛らしく見えますね。ジグロ父ちゃんも前見たときは無愛想なおっさんだと思っていましたが、ちゃんとお父ちゃんやってて微笑ましくもあります。ただ話している内容が脇が甘いとかしっかり鍛え直してやるとか、父娘の会話にしてはワイルド過ぎますけど。
まぁなんだかんだ言ってもバルサさんにはタンダさんがいるって再認識する結末になりますがね。ところでバルサさん、食堂でバイトしているとき仕事仲間の女の子たちと打ち解けられるのか疑問でしたが、結構気さくに話していて驚きました。だって普段は槍をぶんぶん回して人をサクサク刺している人間ですよ。話題が合うわけがない…が、バルサさんカッコイイよね。あの女の子たちもバルサさんのカッコ良さをきっと知っていたに違いない。