華竜の宮 下(2日目)

華竜の宮(下) (ハヤカワ文庫JA)


暑い季節に海洋ロマンあふれるお話もいいもんです。
海ですよ海。照りつける日差しに、どこまでも続く海面。遮るもののない視界と、体に響く波の打ち付ける音が聞こえてくるようです。このお話のどこを取ってもたいてい海洋を遊泳しています。地球温暖化で海面が数百メートル上昇して陸地がだいぶ減っちゃったんだってさ!だから陸上で暮らす人と同じくらい海の上で暮らす人もいるんだってさ!そんな未来のお話。
お話の方は大まかに3つに区切ることが出来まして、"大規模な海面上昇に適応する人類の数世紀の話"、"日本の外交官、青澄さんが人間トラブルをあれこれ解決する話"、"予想されてた2度目の環境変化が起こった話"でこの上下巻は構成されていると思われます。そんで青澄さんの話が全体の80%ぐらいを占めていて、残り二つはエピローグとプロローグみたいなもんですね。人類は自らの遺伝情報を組み替え、人工知能を作りだし、環境に適応した新たな生物を生み出した…みたいなSF的なミステリーでわくわくするのは、主にエピローグとプロローグの20%くらいに凝縮されてます。青澄さんの方は人間ドラマだ。面白さの種類がちゃうねん。
個人的にはその20%のSFロマンの方が好きなんで、全体の分量は多くても物足りない気持ちは…ある。しゃーなし。
しかし人間の想像力の彼方、遥か未来に思いを馳せるこのお話のスケールの大きさと、描き出そうとしている結末のどうしようもなさは、読んでる者に力強さを感じさせて文章で圧倒してきます。なんという胸の高鳴る読書体験。いろいろと地殻変動やマグマの対流の説明を加えて、現在の地球を科学的に興味深く説明していくんですよ。そんでなんか難しいこと言って難しいことになってんなーって思ってても、次第に自分たちが大変な事態に陥っていることが分かってくるんですよ。大変じゃないか!と分かると同時に、大変なのは今じゃなくて何十年か先だという事も分かるんです。人類ヤバい。でも今じゃない。今日の所はお家に帰って寝ちゃっても大丈夫だし、明日も寝ててもきっと大丈夫です。けど数十年後に人類はたくさん死ぬかもしれない。この余裕のある時間設定と、避けられない大災害という緊迫のギャップが、お話に独特の味わいを持たせてくれます。青澄さんは大災害の頃にはもしかしたら寿命が来ているかもしれない、そんな立場の人です。
しかし人類の思い切りの良さも凄いお話です。海で主に生活するからと体を強化したのは分かりますが、子供を産むときにイルカのようなクジラのような巨大な海洋生物の子供も一緒に産んで、大きく育てて乗り物にする!人間が人間の姿をしていなくても割と受け入れられる世界です。人体改造しまくりです。最高です。
私は言われればああそうかと思うレベルでしたが、このお話の舞台は過去作品、「魚舟・獣舟」と「リリエンタールの末裔」と同じ世界を共有しているみたいですね。続編とか外伝とかじゃなくて、印象的には同じ乗り物が出てくるとかそのくらいのレベルです。読む順番とかはありませんが、どれも面白いお話ですよ。