宵山万華鏡

宵山万華鏡 (集英社文庫)



妙に理屈ばった語り口で阿呆をやらかすことに定評のある森見登美彦さんの連作短編集です。
京都で7月に行われるイベント、祇園祭宵山の一日を舞台にして異なる6つのお話が語られていきます。各章の始まりに添えられている浴衣を着た女の子のイラストがなんともプリチー。でんぐり返しをしながら次第に金魚に変化していく様を切り取った一瞬の数々は、若干背筋もひんやりする幻想的な印象も受けます。かわいいやら怖いやら。
お話の道中はお笑い満載の森見登美彦さんではなく、ちょっと怖いやらちょっと不思議やら、そしてちょっと笑いやらの塩梅で進む、静かな印象の森見登美彦さんでした。舞台のお祭りに想いを馳せながら、同じ夏の季節に静かに読むには雰囲気がぴったりだなぁとしみじみ思いながら物語に浸りました。
最初のお話はお祭りに浮かれる小学生の姉妹のお話。お転婆なお姉ちゃんと心配症の妹は賑やかな人ごみの中ではぐれてしまってあら大変。途中で出会った不思議な女の子たちに連れられてお祭りの中を彷徨い歩きます。
別のお話では、阿呆な男が阿呆な友人に連れられて本物の宵山を観せてもらおうと意気込んでいます。しかし連れられて行ったのは明らかにおかしい宵山異空間。何をしでかすかわからない阿呆な友人を持ったのが、この男の運の尽き。しかしそんな男を友人に持とうと思ったこの男もまた同じく阿呆でしょう。そして私も一緒に阿呆になってこの珍道中を楽しみます。途中で傍らを通り過ぎる赤い浴衣を着た女の子たちに、あれっと思います。
次のお話は先ほどの男が遭遇した不可思議空間の舞台裏のお話です。まさにネタばれともいうべき舞台裏での人々の暗躍が描かれ、また違った視点からお祭りを眺めることになります。他のお話では不思議に思えた出来事も、他のお話ではちゃんと理由があったなんてことを教えてくれるわけですね。同じものでも見え方がくるくる変わる万華鏡に、それぞれのお話はなぞらえてあるってことは流石に分かります。ちょっとロマンチック過ぎやしないかと勝手に羞恥心を覚える私。
そんな感じて他のお話も進んで行きまして、ちょっと怖かった出来事がただの笑い話に変わったかと思えば、逆に普通だと思っていた人がなにやら不気味に見えてくるなど一筋縄じゃない様子で、お話はころころと表情を変えていきます。そして全部のお話をさっと駆け抜けていく、赤い浴衣を着た女の子たちの姿。不思議な世界はずっと読んだ人を捕らえたままです。
そして辿り着く最後の6つ目のお話なんですが…、これが何とも雰囲気が私は好きです。これまでの構成から全部のお話に決着をつける物語にでもなるのかと思いましたが、実はさらなる幻想へと導き読者を困惑させるなんて、思わず笑みも浮かぶってものですよ。そりゃぁ何故かと聞かれれば、この不思議な宵山のお祭りはちょっと怖いけどもっと周りを見て行きたいほど魅力的な場所ですから。赤い浴衣の女の子たちに手をひかれて、二度と帰れぬ宵山の狭間に連れて行かれるのも、そうそう悪くはないかな…とふと思ったり。たまに現実逃避したくなるおセンチな年頃の私です。
まあどう頑張っても読者は宵山の世界からはじき出されるんですけどね。楽しかった思い出を抱えて大人しく帰路につきますよ。