チェーン・ポイズン

チェーン・ポイズン (講談社文庫)


読んだ小説の数が増えて行けば作風が好きな作家さんの一人や二人に出会えるもので、この本多孝好さんは私にとってはそんな人。取り敢えず本を買ってみて、あらすじはそれから確かめます。このお話の事なんてなんにも知らないのに、なんだか面白そうだとワクワクしながら。
本日の一冊はコチラ、「チェーン・ポイズン」でございます。
どんなお話か知らずに手に取ったので、帯に付いていた宣伝文句「その自殺、一年待ってもらえませんか?」が一番最初に目に付きました。
うーん、一年か。長いな。自殺したいほど辛いなら、明日にだって死にたいだろうに。これは一年待ってもらう間に生きる希望を見つけて思い止まってもらう事を期待する、そういう救済をして回る人間のお話でしょうか。何やらお涙頂戴の雰囲気がしますね。ウワー、キレイで感動的ナ話ナンダロウナー。
でもそんな単純なお話にはきっとならないだろうな、という事を私は知っています。確かに本多孝好さんの描くお話はいつだって澄み渡った綺麗さを演出し感じさせてくれますが、同時に腹黒い人間も登場させてきました。聖人君子じゃあるまいし、やっぱり人って何かしら心の中に鬱屈したものを抱えてるもんでしょ!と心の底では思ってる私は、作者さんがお話に混ぜ込んでくる腹黒さに「やっぱりね!」と楽しませてもらっています。
さてお話ですが、一人の疲れたOLが登場する場面から始まりました。まあ当然この人が自殺しようとする人なんでしょうが、特別にキツイ境遇にいるわけでもありません。36歳を迎え、会社では雑務の仕事をずっとやってきた、友人がいないわけでもないが特に親しい人もいなく独身、将来への焦りは諦めへととっくに変わってしまった。特別ではありませんが地味にキツイ境遇です。なんとなく開設したブログで訪問者から構ってもらえるのが嬉しく(ドキッ!)、なんとなく撮った自分の写真が受けがよくてちょっと過激な露出をしてチヤホヤされていい気になってたら(俺も脱げば…いや、男は無理か!)、構ってちゃん乙と見事に見抜かれた、死にたい。という感じで死にたくなる気持ちが私にもよくわかる境遇にいらっしゃる人でございました。たまにはどうでもいいやと会社をサボった日に、公園のベンチで「死にたい」と呟いてしまうのもよく分かるというものです。死にたくなる瞬間なんて、しょっちゅうあるもんですよ。
その呟きを見事に拾われてしまうのがこのお話。誰とも知れない相手に、「じゃあ、一年たったら楽に死ねる薬をあげますよ」と申し出され、なんじゃそりゃぁ怪しい〜てな感じで話は転がっていきます。見返りは何も求めないらしいですが、この時の死の提案はとても魅力的に描かれていました。
では死ぬまでの一年間、この女性は何かしらの経験をして決断の時を迎えるのだろうなと思うのですが、そこは私が好きな作者さんです。見事に予想を裏切ってくれて、さくっとこの女性は死んでしまいます。なんてこった。だらだらと結論を先延ばしにせず自殺という結末を用意する、それから結末に向かって改めてスタートする。死ぬと分かってる人間が足掻く様子をこれから読者に見せようとするわけですか、流石作者さん腹黒いぜ。でもそれが好きです。
このOLに毒物を渡した謎の人物がこのお話の鍵で、他にも二人ほどの人間が毒によって自殺を遂げます。この人物はいったい何者なのか。金銭を受け取らず何がいったい目的なのか。何を望んでいるのか。疑問は尽きることはありません。この謎を追うのは自殺後に三人の死因を怪しんだ週刊誌の記者の役割でして、死に行くまでのおばちゃんOLのお話と同時並行で基本的にお話は進んでいきます。
このおばちゃんOLの残りの人生は暗いものではなく、死に行く癖に清々しく静かで穏やかな雰囲気を醸し出しているんです。会社も辞めてぶらぶら暇を持て余していたら、児童養護施設でボランティアをする羽目になったり、病院のホスピスで末期の患者の話し相手になったり。施設の子供たちにボカボカ振り回されながら、末期の患者に「テメー、死にたそうな目をして俺の世話をするな!帰れ!」と罵倒されながら、でも死んでしまうという気楽さからか適当にみんなの相手をすることが出来て、心は相変わらず穏やかなままでいられるのです。死ぬのが大したことじゃなくなったら、じゃあ死ぬために頑張ってみるのも悪くないと思える不思議。
その後は両親に恵まれなかった施設の子供たちのためにこのおばちゃんは必死に動き、傍目には献身的な立派な人物のように奔走します。ですが読者にはそんなものじゃないとね、まるわかりというものですよ。読んでいて感じるこの爽快さは献身的な態度に感動したからじゃありません。生命保険での2千万円に子供たちが頼れるのは自分しかいない、助けてあげるのではなくて助けてやる、もしかしたら感謝の言葉なんてもらえなくても意に介さないくらい、最高に自分勝手にこのおばちゃんは行動出来ているから爽快に感じるんですよね。失敗しても自分はいなくなっちゃう気楽さと、でも人を笑顔に出来るなら必死になるのも悪くはないと思わされる合わせ技。ああ、なんか羨ましいなぁ。
作者さんの持ち味が最高に発揮されています。こうね、人助けが出来るならそりゃしたいと思うけどねー、人に感謝される為にやるっていうのも優越感を感じる為みたいで嫌だしー、お金をあげるよと言われてもそうまでして欲しいわけじゃないしー、あーなんか人助けって面倒くさいー。とかなんとか思っちゃう人間が、「べ、別にあんたの為にやってるわけじゃないからね!あたしが勝手にやってるだけだからね!お金とかもいらないからね!」とかツンデレちゃうようなやる気の出るシチュエーションを上手いこと用意するんですよね。そう、そのひねくれた人間が僕だ。
さーてそんな感じでウヒョヒョヒョーどこまでも腹黒ーいとか楽しんでたんですけど
(; ゚Д゚)  し、しまった!やられたッ!?
完全に油断をしていた所をまんまとひっかけられてしまいました。くそぅ…な、なんとなくは分かっていたんだよ!?(負け惜しみ)
もうね、良いよ負けで。全力で引っかかるのも楽しいもんさ(満面の笑みで)。まったく…、この作者さんは自殺願望に共感した読者の背中を押してくれるような事は、簡単にはしてくれないようです。やれやれ、明日も生きるか、そんな気分にさせてくれます。
┐(´ー`)┌  やれやれですよ。