【布施文章】思い出したくもない人生最悪の96時間

思い出したくもない人生最悪の96時間 (メディアワークス文庫)


メディアワークス文庫からまた凄いのきたー!
この本のタイトルを聞いた時点で私の胸は異常なときめきを感じました。このストレートな想いをぶつけたタイトル! 恐らくこの題字の通り人生最悪の出来事が綴られているに違いないのですが、自らそのハードルを上げるような行為に「よせ!無謀すぎる!」と他人事なのに思わず駆け出したくなる衝動に駆られました。
しかし出版されてしまった今、もう叫ぶ事は無意味です。私に出来る事はこの本をレジに持って行く事だけでした。今度は私の心が「よせ!無謀すぎる!というかその行動の意味が分からないぞ!」と警告を発していましたが、もう買ったのでそれも無意味です。


そして始まる人生最悪の96時間――――


た、たまらねぇぜこの一大サスペンス! 突然降りかかる弟の死。警察の容疑者候補に挙げられてしまう兄(主人公)。仕事の記者仲間から伝わってくる事件の裏側には国際的な組織の存在が臭い、真実への道のりには女スパイや捕らわれの天才博士なんてのも関わってきます。しかし何より気がかりなのは、ハードボイルドを気取っているらしき主人公がちっともカッコよく見えないという哀しき状況! それもそのはず、奴は格好良いのではなくてカッコいい台詞を言っているだけだもの! お喋りな男にハードボイルドは似合わないのだぜ…。
そしてストーリーの方は序盤からガンガンあからさまな伏線を撒いてくると言う強気な態度で攻めてきます。おかげで奥歯に物が挟まったような言い方しかしない登場人物の嵐が私を襲う!あからさまだから場所は分かるが、この読み飛ばしたい伏線を全部覚えろというのですか!上等だ!
しかし私が実はこれっぽっちも伏線を覚えておく気がないのを物語が悟ったのか、事件の裏側は関係者の口から順次事細かに説明されて行くので問題はありませんでした。情報公開が叫ばれるこの現代に相応しい、小説界のインフォームド・コンセント。正しい情報を得た上での合意がその概念らしいですが、私としては知らない権利を使いたい所ではあります。
そしてクライマックスに向けて意外なほど壮大になって行く事件の様相。一介の雑誌記者の弟が殺された事件から、よもや世界レベルの危機にまで発展するとは! だけどもその壮大さにどうしても追いつけていない緊張感! 原因は多分、作者がここでもまだカッコいい台詞を喋らすから!
やがて全てが終わり、お話は終章へ―――。
出来事を思い返してみれば、確かに人生最悪だったとしても十分納得できる壮絶な事件だったと思います。しかし読み終った瞬間に何故か私の口から笑いが出ました。「笑うシーンなんかどこにあったよ?」と理性が問いかけますが、きっとこれは安堵の笑みという奴じゃないでしょうか。そうに違いない。何の安堵かは知らない。
ある意味期待通りの内容に私はありがとうの言葉を口にするだけでございます。ありがとう「思い出したくもない人生最悪の96時間」。よかったね、同じメディアワークス文庫の「ダーク・サイド」くん。仲間が増えたよ!
メディアワークス文庫のサスペンスはある意味鉄板。そんな概念が私の中で出来つつあります。