夜は短し歩けよ乙女 (1日目)

夜は短し歩けよ乙女 (角川文庫)
よしきた文庫化きた。
方々から聞く噂と少しばかり嗜んだ著作より、其の節多少なりとも期待が出来ると私の琴線に触れるものがあったが、その重厚なる装丁と最も遠い異物である貧相な財布からは明日からの生活を天秤に掛ける脅迫めいた空洞が広がるばかり。家臣の不甲斐無さとは裏腹に本来そこに鎮座すべき主の位置には、逼迫した財政難を転じる起死回生の奇手、家計簿の基礎地盤となるレシートが満額を持って出迎えてくれる。金は無いがべらぼうに時間がある者として、時間を金に換えるような愚は犯さず、向こうが一回り小さな洗練された装いとなって再び姿を現すまで指をくわえて年月を重ねる道を選んだのであった。



そんな昔話があったりなかったり。
森見登美彦氏と言えばカップル殲滅思想の男が主役の話を美しく輝かせる、非モテ文学の雄ともいうべき御仁です。
しかし唾棄すべき男女の睦まじさを説き読者の心を掌握しておきながら、其の実ちゃっかりと主役は彼女を作って物語を終わらせるという信奉者達を背後から斬り捨てる事を好み、まず粛清すべきは作者ではなかろうかという疑心暗鬼が拭え切れぬ曇りを生じてました。
その妄念を断ち切ることなく正面から「恋愛」の文字をあらすじに載せたこの夜は短し歩けよ乙女は語るに落ちた作品などでは無く、むしろ諸手を挙げて歓迎したいくらいです。以前は恋愛を否定しておきながら棚から牡丹餅を狙う浅ましさを感じたものですが、邪念から目を背けることなく立ち向かった姿勢は男も惚れる背中なもんです。
そして全力で空回りしてやっぱりモテない。スマンが大笑させて頂きました。
もはや歌を詠んでるような独特のキレに進化した文章と、理路整然とアホな事を宣巻く語り口は見事な嵌まり具合ですよ。
ヒロインと言うべきキュートな後輩もとぼけてていいんですが、思いを寄せる先輩の論理的なアホさこそ最高に輝いてます。

ただ今二章も終わっておやおや想い人を前に猫を被り過ぎじゃないですかという感じの先輩ですが、とぼけ具合で次元が違う後輩ちゃんに想いが届く気配が微塵もしません!
物語も妖怪じみた事をさらさらとやってのけるし、混沌としてます。でもそんなの全然気づかず歩き続ける後輩ちゃんと、外でもろに混沌に振り回される先輩との道中が楽し過ぎですよこれは。