きつねのつき

きつねのつき (河出文庫)



感動?再生の物語?表紙がかわいい。とりあえずこの本を眺めて浮かんだ言葉でどれがぴったり当てはまるかいくら考えてみても、そのどれもがイマイチしっくりこない不安定感。自分でもよく分からないものを人にお勧めする気はしませんので、絶賛とかをされると戸惑ってしまうかもしれません。でもなんとなく好きなお話と、その作者さん。そんな作者の北野勇作さん。
どうもこんにちは。今日読んだ本はこちら「きつねのつき」です。
お話はもうすぐ3歳になる娘と、ちょっと貧乏なお父さんと、病弱なお母さんの、ほのぼのとしたやり取りを淡々と描く家族の物語です。ちょっと頼りないお父さんの視点から妻への思いやりと、娘の日々の成長を喜ぶ様子が細かく描写され、登場人物たちの心情を読者も共有、疑似体験することができるでしょう。作者さんの家庭がなぜか節約家族として特集されていたTV番組を昔見たことがありますが(その時は節約主婦として奥さんがメインだった)、このお話の主人公の清貧な暮らしぶりは自身の体験を幾重にも反映させた姿であることを想像させます。娘として出てくる春子という女の子の生き生きとしたやんちゃぶりが一番それを感じさせますね。お話し中の奥さんは病弱で、逆に現実の奥さんは「年収150万円一家」のような本を出版するくらい活力あふれる印象でしたので、作中で全然喋らなかったのは口を開くと病弱っぽくないのがばれるからなのではと勝手に想像したり。
そんな普通の家族のお話を、道中ところどころから怪しい噂話が不気味に包み、曖昧にしていきます。お父さんは読者の目すら届かないところで人ではないものに変質し、お母さんは事故死したものの天井裏で再生措置が行われ、辺り一帯は大災害の後で隔離措置が取られているという。作中で与えられる情報は断片的で、靄がかかっています。日本のような場所で、何者かの脅威に対抗するため巨大生物兵器を作り、謎の暴走で兵器もろとも主人公の働いていた会社は消滅した。途轍もない事件があったにもかかわらず、その場所で親子三人の普通の生活が営まれているのです。それでもまだ普通と思い込むか、今は何も起こっていないのに異常だと騒ぎ立てるか、不安定な立場に気付けば立たされている体験に面白味があります。
登場人物たちが幸せだったのか辛かったのか、世界は美しかったのか壊れてしまったのか、はっきりとしたことをこの本は言ってはくれません。感動するべきか怖がるべきかも明言してくれないでしょう。なら自分で好き勝手決めていいんじゃないでしょうか。僕はこのお話を読んで楽しかったですよ。