吸血鬼になったキミは永遠の愛をはじめる1

吸血鬼になったキミは永遠の愛をはじめる(1) (ファミ通文庫)


好きな本 ぼしゅう6月のコメントより。
>もう一つは野村美月さんの「吸血鬼になったキミは永遠の愛をはじめる1」(以下続刊)暖かく甘酸っぱ〜い青春と、少女漫画的なヘヴィでグラビティな展開を得意とする作者の新シリーズです。あらすじはタイトルが体現してしまっているので……  一応付け加えるなら、「バスケ+吸血鬼+演劇=永遠の恋」というところでしょうか。まとまるのか?という要素が作中でまとまってしまう過程が巧いので、あまり具体的な説明は避けたいと思います。今作と肌が合えば、作者の過去作の「文学少女」シリーズも面白く読めるのでは。


たくさんのおすすめを頂いたが、とうとう最後になった。こちらの本だが、ファミ通文庫というメジャーなライトノベルレーベルからようやく紹介して貰えたのは大きな一歩であると言えるだろう。今までもたくさんのおすすめ本の情報を恵んでもらったが、紹介者さんの本気(マジ)度合いが違うのかライトノベルレーベルからの紹介は少ない傾向があった。「もっと気楽に自由でいいよー!」。これは私がいろんな本にチャレンジする企画なのだから。
余談だが、この本の作者の野村美月さんの過去作「文学少女と死にたがりの道化」は既に読んだことがある。その時の印象を個人的に言えば、この作者さんは一般にも紹介しても恥ずかしくないガチ勢のライトノベル作家であると感じた。ライトノベル界は暗黒魔境である。多少の優等生作家の姿くらいでは私の目は誤魔化されない。その深淵に少しでも触れれば、自分の両親に絶対見られたくないであろう性癖の見本市な作品がひしめき合っているのが直ぐに感じられるだろう。素晴らしいことである。
このお話はオーソドックスに、高校生が主人公で高校が舞台のお話である。主人公は身長185cmの元バスケ部員で、大きな声と快活な性格が特徴のイケメン男子だ。バスケでは強い相手と戦えると思うとワクワクし、人間関係でも慣れない相手でも挨拶だけはしっかり行く。訳があって転校してきたばかりだが、クラスメイトからの評判も上々だ。「同じ高校生だったら勝ち目が無いくらいのイケメンだ…。10年以上功夫(人生)を積んだ今でも勝てる気がしねぇ…。今後も勝てる気がしねぇ…」。超人主人公である。
物語の序盤でとりあえず彼は通り魔から刺されて瀕死の重傷を負う。ここは本当にとりあえずといった感じだ。いきなり夜道で刺されているし、犯人も動機も不明なままでこのお話は終了してしまう。都合よくその後吸血鬼の女の子が現れて取引を持ちかけてきたときは、こいつらグルなんじゃないか?と思ったほどだ。本文ではなかなか明言されないが、主人公くんはここで吸血鬼となっている。吸血鬼なのだが、読者には吸血鬼みたいなものになったかもしれないみたいな曖昧な描写をして興味を惹きつけてくる。読んでいて楽しい話の運び方だ。正直しっかりしててライトノベルっぽくないと思ったほどだ。(私のライトノベルに対する偏見は根深い)
主人公の詩也は体の異変で転校を決意し願いが叶った後、新しい学校でヒロインの彩音先輩に見初められて演劇の舞台に立つことになった。バスケ、吸血鬼、転校、出会い、演劇、目まぐるしく新しい要素が出てくるように思えるが、実際はただの高校生活の日常を彩る一部に過ぎないので繋がりはスムーズ。吸血鬼がスルー気味なのは逆に日常を際立てる良いエッセンスでもある。彩音先輩は演劇の相手が見つからなくて困っていた所を、詩也を見つけて希望を見出した。元気はあれど演劇の技量が覚束ない詩也を、彩音先輩は甲斐甲斐しくあれこれ指導をしてくれる。「相手役がいないと劇は失敗だからな。そんなに指導に熱心なのも、結局は自分が舞台に立ちたいからじゃねーの?グヘヘヘヘ…」。ゲスい勘繰りをしてちょうど良いくらいの純粋さが彩音先輩にはあるからいいのだ。あと背がでかい。おっぱいがでかい。すごく…ナイスです…。
演劇の世界にライバルは必須だ。学園内で女王と持て囃されるカレナ様が、ごきげんようと挨拶しながら詩也と彩音先輩に華麗に立ちはだかる。取り巻きを引き連れて高圧的な態度で接してくるカレナ様は、舞台から離れてもスターであることに徹する役者の鏡のような存在だ。舌鋒鋭く大根役者な詩也を批判しにわざわざ学食までやってくる物好きだが、批判の内容は的確で良く聞くと改善のアドバイスも豊富だ。「この人…凄く良い人だ…!」私は結論付けた。詩也も熱心なアドバイスに感極まったのか、お喋りな唇をそのまま唇でふさぐ。吸血鬼の本能らしい。ブサイクなら有罪だが、詩也はイケメンだから無罪だ。世の中の不条理に私は呟く。「俺は…ハンサムになりたい…」。ハンサムは罪。(詳しくはハンサム罪で検索)
演劇を主軸にしてお話はクライマックスを迎える。演劇の題材をドラキュラ伯爵にして、詩也が吸血鬼になった苦悩を役とオーバーラップさせてドラマチックに歌い上げる。あれもこれもどれもまとめて壮大に仕立て上げる豪快なシーンとなっている。読み終わった後の爽快さは一入だ。道中も大いに楽しんだ。「雫って誰だったんだよ!」ただ続編ありきな話なせいか、あからさまに伏線を匂わせてそのまま謎で終わった要素があるのは少し泣いた。