トロイメライ (2日目)

トロイメライ


19世紀のまだ沖縄が琉球王国だった頃の那覇で、当時のおまわりさん見習いになったばかりの青年が庶民の間で奮闘する連作短編集でございました。
そして中身を読んで驚く。な、なんて丁寧で綺麗に整えられた作品に仕上げてきたんでしょうか…!? 当時の琉球の風俗や文化を事細かに描写する筆致は前作テンペストを経て職人の域にまで達しているかのような拘り具合。そこに池上氏独特の艶やかな南国の空気とちょっとしたユーモアを交えて、誰が読んでも楽しめ誰にでもお薦めできる一品となっております。つまりどういう事かというと、いつもの池上氏の作品に出てくるような世界観や物語の段取りを破壊尽くしてまで暴走するような狂気のキャラクターが、今回は見事に最後まで制御されたままこのトロイメライの枠の中に納まっているのです。さらに今までも作者の持ち味の表現方法として使用してきた、現代的カタカナ語を使用した比喩なんかも舞台にそぐわないからか徹底的に排除した模様。正直どうしちゃったのと驚いてしまうくらいの自制心ぶりです。ただこれが本来の作者の姿だなんて微塵も思えないのは今まで好き勝手やらかしてきた作品群の賜ですね。
この「トロイメライ」の時間軸と舞台は前作「テンペスト」と重なっている部分があるため、各話毎にテンペストの登場人物が少しだけ顔を出すという知っている人にはちょっと嬉しい演出が入っています。さらに池上氏の作品をもうちょっと知っている人用のお楽しみとして、北崎倫子が少々の違和感を押してまで時空を超えてこの作品にも出演していました。先ほど自制心がどうのこうの言いましたが、この北崎倫子だけは譲れない存在らしいです。ちなみに何者なのかは私の方が知りたい。
今回のお話自体はまだまだ続けられそうな所で終わってしまっていますが、もともと文芸誌の方で先月くらいまで連載されていたものを纏めた物のようですのでたぶん続刊は出る事でしょう。連載は続いているみたいですし。という事は何年も待たなくて大丈夫かもしれんね。これは生きる気力が湧いてきた!
作者の作品が元から大好きな私ですが、今回の作品もこぢんまりながら大満足の面白さでした。これから先の物語にも大いに期待するとともに、いつ自制心のタガが外れて暴走し出すかどうかが個人的にとっても楽しみです。いや、絶対自分を抑えている所があるってこれ!